第231話 ガラドン、赤ちゃんたちを乗せる

「めえー」


 外で野良仕事をしていたら、ガラドンが近寄ってきた。


「おう、どうした。このへんの草は食べちゃだめなやつだからな」


「めえめえ」


 何やら顔を寄せてくるので、わしわしと頭とか首周りをかき回してやった。

 ガラドンが満足気に鼻息を吹く。


「なんだ、構ってほしかったのか。しかしお前も大きくなったなあ。もう大人のヤギとあまり変わらない大きさじゃないか」


「めえめえ」


 ガラドンは俺が名付けた子ヤギなのだが、どうやら俺の名付けというのが大変ヤバいものらしく、通常のヤギの限界を越えた超ヤギとして育ってしまったのだった。

 なので、角は大人のオスヤギくらいのでかさがあって、まだ伸び続けている。

 体格こそ大人のヤギと同等だが、みっちりと筋肉がついているのが分かる。


 勇者村四天王末席のガラドン、将来的なフィジカルでは恐らく頂点に立つだろうと俺は睨んでいる。

 努力のアリクイ、アリたろうがそこに立ちふさがるか……?


「めえめえ」


「なんだ、別の用件があるのか。え? この間、トリマルがバインを乗せているのを見て羨ましくなった? 赤ちゃんを乗せてみたい? ほうほう」


「またショートさんが動物と話をしてる」


「会話が成立するのがすげえよなあ」


 フックとアキムが感心しながら俺を眺めていた。

 こういうのは言語を使ったコミュニケーションだけではない。

 全身とか魂とかテレパシーで分かり合うのだ。


 俺にも、こいつらの言葉が分かる原理はサッパリだが。


 作業を終えた後、食堂までガラドンがついてきたので、料理に使った野菜の残りなどを与えつつ話を聞いてみた。

 どうやら、勇者村四天王の中でもっとも赤ちゃんたちを乗せた回数が少ないのがガラドンらしい。

 四天王筆頭であるビンは人間なので、むしろ人を乗せるのではなく乗る立場なのだとか。


「めえー」


「なるほど、体も大きくなり、既に自分は赤ちゃんヤギではないと。だから赤ちゃんを乗せる立場になって然るべきだと、お前はそう言うわけだな……」


「めえめえ」


「その心意気やよし。では、ガラドン。今日はお前に重大なミッションを申し付けることにする……!!」


「めえ!」


 ガラドンはやる気まんまんで、鼻息を荒くする。

 そんな彼を、まだ小さな兄弟たちが見守っている。


 子ヤギ軍団の中で、大きくて頼りになるガラドンは兄貴分であり、とても慕われているのだ。

 よく、他の子ヤギたちに囲まれながら草を食っているからな。


 それでも母ヤギからするとまだまだ子どもらしく、やんちゃをすると生みの親である白ヤギのミルクが叱っているのがよく見られる。

 微笑ましい光景だ。


 そんなガラドンが大人への階段を登ろうというのだな!

 いや、赤ちゃんを乗せるのが大人への階段だってわけじゃないけどな。


「よし、それではまず、一番安心感のあるビンは……」


「めえ」


 ボスはダメ、とガラドンが否定してきた。

 そうか、あいつはお前らのボスか。

 そうだろうなあ。


 あと、しっかりし過ぎていてガラドンが乗せるには物足りないらしい。


「バインは危ないもんなあ。本当の本当に赤ちゃんだし。あと、サーラも普通の子だからまだ難しい。となると」


 消去法である。

 俺はとりあえず分身を作って、ガラドンを連れて家に向かった。

 本体は仕事に戻っている。


「あらショート」


 家には、マドカのおむつを替えていたカトリナ。

 彼女は、俺がよく分身を作って村のあちこちに出現することをよく分かっているので、動じない。


「どうしたの? まあ、ガラドン? 大きくなったねえー」


 カトリナが寄ってきて、ガラドンをわしわしと撫でる。

 ガラドンも嬉しそうに、カトリナの腕をべろべろ舐めている。


 ヤギの舌はざらざらしてると聞くが、どうなのだ。


「おとたん! あーっ!」


 俺に気付いて、マドカも駆け寄ってきた。

 そしてガラドンにも気付き、指差しながら叫ぶ。


「しおいの!!」


「ガラドンな」


「やらどん!」


 まあそれでいいか。


「ガラドン、どうだ。うちの娘を乗せてみないか?」


「めえ!!」


 やる気満々のガラドン。

 相手にとって不足はないらしい。


 マドカがいるなら、サーラも一緒にしていいだろう。

 アキムとスーリヤの家に行くと、奇しくもサーラもおむつを替えていた。

 そろそろトイレを覚えてきて、おむつ離れをしそうらしい。


 もう立派な子どもだな!

 赤ちゃん卒業だ。


「まおー!」


「さーあー! やらどんのろー!!」


「まお、のる? サーラものる!」


 そういうことになった。

 前方にマドカ。

 後方にくっつくようにしてサーラを乗せる。


「サーラ、マドカにぎゅっと掴まってるんだぞ」


「うん!」


「マドカ、お前にサーラの安全が掛かっている。ガラドンにぎゅーっとくっついて落ちるなよ」


「あい!」


 お返事はいいのだが、マドカはどこまで理解していることか。


「もが」


「おお、アリたろう!! もしやガラドンと並走して赤ちゃんたちを守る役割を?」


「もがあ」


「心強い。頼むぞ……!」


 俺とコアリクイが頷き合う。

 アリたろうも、俺が名付けたために知性を得て、それどころか種族の限界すら超えてただの動物から超絶的なモンスターになった存在だ。

 勇者村四天王のナンバースリーなのだが、ガラドンが猛追してきているため、日々特訓して自らを鍛え上げている。


 アリたろう、またレベルを上げたな……!

 今のお前なら、魔王大戦時代の中位の魔将とも互角だろう。

 アリクイチャンピオンはお前だ……!!


 かくして、ガラドンは「めえ~」と一声高くいななき、駆け出す。

 赤ちゃんを落とさぬよう。

 そして憧れの四天王たちに近づけるよう。


 ガラドン、試練のお散歩開始なのである。

 がんばれよ、ガラドン!

 そして色々動物に乗れてよかったな、マドカ!


 俺は彼らを見送りながら、うんうんと頷くのだった。


 俺たちが見つめる先を、ガラドンはマドカとサーラを乗せ、どこまでもどこまでも走っていく──。


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