第229話 マドカ風邪をひく

 どうやら王都で風邪をもらってきてしまったらしい。

 マドカが真っ赤な顔をして、うーうー唸っていた。


「風邪かな」


「風邪かもねえ。勇者村ってあんまり病気がないから」


「そうか、抗体をつける時があまりないものなあ」


 その気になれば、風邪程度は軽く治せるのだが、抗体をつけておくことは大切だ。

 ちなみにマドカが持ってきてしまった風邪は村で流行り、サーラも赤くなって、うーうー唸っているらしい。


 ビンは念動力でウィルスまで細やかに防げるので問題ないとか。

 あいつはどこまで高みに登っていくのだろうなあ。


 他の子供たちが掛かっていないところをみると、どうやら巷ではありふれた風邪の類のようだな。

 風邪と言っているが、俺が病気に詳しくないので一緒くたにしてそう呼んでいるだけだ。

 医学の魔本を呼んで診断させたら、何やら専門用語でべらべら並べ立てた。


 なるほど分からん。


「ぷえ~」


「マドカが弱々しい声を!」


 熱が上がってだるいのとしんどいのとで、弱気になっているようだ。

 俺はマドカの近くでのんびりすることにした。


「いいか、マドカ。しっかり寝て、お母さんが作ってくれるものをちゃんと食べるのだ。そうすれば治る」


「お~」


「がんばれよ。そうしてマドカはまた一つ強くなるのだ……」


 ちいさい手をぷにぷにすると、握り返してきた。

 今日は仕事はお休みだな。


 本日の料理当番はカトリナとミーとピアなので、手隙になっているスーリヤがやって来た。

 サーラを抱っこしている。


「よし、風邪の赤ちゃん二人を一緒に面倒見ちゃうか」


「そうですね。サーラも、マドカちゃんが一緒にいたほうが嬉しいと思いますし」


 ということで、マドカとサーラの布団を隣り合わせにして寝かせる。

 二人ともしんどそうだが、親友が近くにいることでちょっと安心したらしい。


「まおー」


「さーあ」


 いつものようにぺちゃぺちゃおしゃべりはしないが、じーっと見つめ合っているではないか。

 麗しき友情。


「ショートさんは落ち着いていますね。初めての子どもで、その子が熱を出したのに。うちの人は最初の頃、それはもう慌てていたわ」


「アキムは慌てそうだな……! 目に浮かぶ。俺の場合、風邪の原因になってるウィルスが見えるんだ。それを排除すればすぐに風邪を終わらせられる。正体が完全に分かっていて、対処できるものは怖くないからな」


「なんだか神様みたいですね」


「そうなりかけてる気はする」


 それでも、うんうん苦しむマドカは見ていて可哀想ではあるのだ。

 今すぐウィルスを滅殺して楽にしてやりたいが……。

 今、赤ちゃんの中の抗体を甘やかすわけにはいかん。


 俺の目には、ウィルスと猛烈な戦いを繰り広げる、マドカとサーラの抗体が見えるのだ。

 いい感じで押している。

 途中でカトリナが作ったおかゆが登場し、マドカはこれをぺろりと平らげ、サーラも頑張ってお腹に入れて栄養を補給。


 エネルギーを得た抗体がバリバリと戦いを再開し、ウィルスを駆逐していく。


「この世界の病気は、やはり魔力を持ってるから視認できるのな……。いいぞ二人とも、そこだ……!」


「ショートさんには何が見えているのかしら……」


 スーリヤは不思議そうだが、そういうものだと理解して質問はしてこない。

 それでも、俺が言う通り、赤ちゃんたちの様子がだんだん楽そうになってきているのは分かるらしい。


「勇者村という土地が、力をくれるんだ。外から来た細菌やウィルスは敵だからな。村がそれを排除するために、抗体の手伝いをしてくれる。ここはそういう場所だ」


 だが、それはそうとしてマドカがうんうん言っているのは胸が痛むのではある。

 カトリナもやって来て、我が子が風邪と戦うさまをじっと見るのだ。

 がんばれマドカ! がんばるのだ……!


 畑仕事を終えたアキムもやって来て、俺たちとアキム一家で赤ちゃんを応援することになった。

 とは言っても、うるさくしていると眠る邪魔になるので、こそーっとお茶など入れてあまり声を大きくしないでお喋りをしたりするのである。


 やがて、時間的に夕食の準備をせねばという感じになったので、カトリナが台所に向かっていった。

 ミーが「マドカちゃんとサーラちゃん大丈夫? 心配だねえ。栄養があるもの作らないとね!」とか言っている。


 そうだな。

 見た感じ、ぷうぷうと寝息を立てる二人の顔色は随分、いつものものに戻ってきている。

 熱は下がってきており、随時水分補給もしていて、汗をかいたら服も替えている。

 服と言うか布だけどな!


 夕方には、二人は風邪に打ち勝つであろう。

 サーラ一人ならば、それなりに時間が掛かったかもしれない。

 だが、スーパー赤ちゃんであるマドカと並んで寝ていたことで、影響を受けたのだ。


 日がゆっくりと傾いてくる。

 そろそろ夕食の時間だ。


 美味しい匂いが漂ってきたら、マドカがパチっと目を開けた。


「おーしーおーしーの、におい!」


「んー、まお、うーさい」


「あらあら」


 スーリヤが笑う。


「二人とも、すっかりお腹がペコペコかしら?」


「おなかぺこぺこ!」


「うー。さーりゃも」


 マドカの元気な空腹宣言に、サーラがおずおずと同意した。

 これは笑顔になってしまう。


「よし、風邪をやっつけたお祝いに、美味しいものを食べような。だけど二人とも、少しずつだぞ。いきなりいっぱい食べたら、お腹がびっくりしちゃうからな!」


 二人は俺の言葉を聞いて、「あい!」と元気にお返事するのだった。


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