第226話 女王はご機嫌ななめ?

 準備ができたそうで、俺とカトリナはトラッピアの元に案内された。

 ドルドルドンには礼を言っておく。

 彼はにこやかに笑うと、


「なんのなんのこれしき! また御用があればお呼び下され!!」


 と大声で答えたのである。


 そしてところは、女王のおわす間。

 彼女は玉座に腰掛け……ていなくて、玉座の横に作られたリラックスできそうな柔らかくてゆったりした椅子の上で、「うー」と呻いていた。


「いよう」


「来たわね」


 じろりと俺を睨むトラッピア。

 これはご機嫌ななめだ。


「今日は調子悪いみたいだね、トラッピア」


「ええ。次代の王が、わたくしのお腹の中で悪さをしているわ。これだけやんちゃならばハジメーノ王国の次の世代は安泰ね」


 見た者を殺すのではないかという凄みのある笑みを浮かべるトラッピア。


「大丈夫? 凄く辛そう……」


「心配ありがとうカトリナ。わたくしも想像以上にきつくて参ってるわ……! だけど、負けるもんですか。この体調不良をねじ伏せて、最強のわが子を必ず産んでみせるわ……! 全ては国のために……!」


「すげえ執念だ」


 俺は感心してしまった。

 トラッピアにとっての国とは、自分の血族そのものだ。

 産んだ子どもは性別なんぞ関係なく、次の王様になる。


 責任は重大だが、やりがいもマックス。

 つわりで苦しみながらも、覇気が衰えていないわけである。


「どれ、少し楽にしてやろう……」


「何する気よ」


 じろりと睨まれた。


「俺がここに来た理由だ。次の王様をちょっと見とこうと思ってな。ちょっと腹に触る」


「そういう魔法も体得してたってわけね。さあ、煮るなり焼くなり好きにしなさい」


「なんて人聞きの悪い! どーれ」


 俺はトラッピアの腹に触れた。

 なるほど、まだ赤ん坊の形をしてないが、次の世代のやつがトラッピアの抗体反応と元気にバトルしてやがるな。


「鎮まり給え赤ちゃん。なにゆえそうも荒ぶるのか」


『もがー!』


「おう、元気だ元気だ」


 こりゃあ間違いなくトラッピアの血を受け継いでいる。

 そしてこの物理的な強さはグンジツヨイ帝国の血だな。

 すげえハイブリッドが生まれるぞ。


 俺のやってることを、よだれを垂らしながらボーッと見ているマドカとか、史上最強の二歳児ビンとか、俺の後継者カールくんとか、次世代は一体どうなってしまうんだ。

 今から楽しみでならない。


「そいっ」


 俺は赤ちゃんとトラッピアの抗体の間に、魔力の膜みたいなものを張った。

 抗体反応緩衝地帯みたいなやつだな。


「あ、楽になった」


 トラッピアが目を丸くする。


「あなた、本当に器用ね」


「そりゃあ、元勇者だからな。ちなみにこのミクロ単位での精密動作は、勇者を引退してから身につけた」


「田舎でのんびり暮らしてるはずが、どうしてこんな技術が必要になるのよ……? でも助かったわ。つわりはあと少しすれば引くでしょうから、わたくしも表に出られるようになるし」


「生まれるギリギリまで仕事をするつもりだな。鉄の女め」


「わたくしがいて初めて国が動くの。ハナメデルが頑張ってくれているけれど、人は優しさだけでは動かないわ。恐怖が必要なの」


 言い切る辺り流石だなこいつ。

 トラッピアの恐怖政治と、ハナメデルの優しい政治が上手く噛み合ってハジメーノ王国が回っているわけだから、この理論は正しいんだろう。

 ザマァサレ一世が、自分だけ得をしようとする政治をやった結果、大変なことになったわけだし。


 何事もバランスは大切だ。


「ショートが来たならばパーティをしないとね」


「さっきも貴族たちがそんなことを言ってたが、俺としてはそんなに気を使ってもらわなくてもいいんだが?」


「世界の救世主であり、ハジメーノ王国を戦争の危機から救った英雄がショートなの。それを、何もしないで帰すというのは対外的にありえないのよ。それに、時々こうしてあなたを呼んで、お祭りみたいに国を盛り上げてガス抜きするってわけ」


「なるほど、俺をダシに使うわけか」


「そういうこと」


 それならば、歓待されるのもやぶさかではない。

 何もかも計算ずくのトラッピアだ。


 ついでに、マドカをあちこちにお披露目してしまおう。


「う?」


 俺にじーっと見られて、マドカは首を傾げるのだった。


 さて、俺とカトリナとマドカで、王城に一泊だ。

 ハジメーノ王国の客間というのが、そりゃあもう広い広い。

 グンジツヨイ皇帝が宿泊した部屋だそうで、大変見晴らしがよく、なおかつベランダには魔法的な守りが掛かっていて、外部からの狙撃を防ぐそうだ。


 ベッドの広さも凄まじく、俺とカトリナが大の字になって寝てもまだまだ余裕がある。

 マドカは見たこともないほどの大きなベッドにおおはしゃぎで、キャーッと歓声を上げながら真っ白なシーツの上で飛び跳ねている。


 そして付属の浴室。

 なんか、侍女がついてきて体を洗ったり拭いたりするよ、とか言ってきたので、丁重にお断りしておいた。


 ここは家族水入らずで入るべきだろう。

 部屋に付いている浴室だと言うのに、そこは地球のスーパー銭湯で言う、メインの浴槽くらいの広さがある。

 具体的には、勇者村の全員が入れそうな広さの風呂だ。


 広すぎる。


「素敵!!」


 カトリナの目がハートマークになっている気がした。

 うちのお風呂は、デザイン的にはでかい樽だからな。

 それでも、勇者村では最大の浴槽だという。


 俺たちは親子三人で風呂を楽しみ、運ばれてきた夕食を楽しみ、夜景を楽しみ、そしてでかいベッドで川の字になって寝た。


 パーティは翌日だというから、前日である今日はゆっくりと過ごしたのである。

 しかし、マドカにこんな贅沢を覚えさせて、勇者村に帰ってから大丈夫かな……?


 まあ、平気だろう!

 後のことは後で考えることにしたのだった。

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