第223話 トラッピアご懐妊

「ショート殿ーっ!!」


「あっ、お前は! 懐かしい……。トラッピア特戦隊のギロスではないか」


 一年ぶりくらい?

 いかつい顔のギロスを見て、懐かしみを覚える俺である。


「お久しぶりです。喜ばしいお話がありまして、ショート殿にお伝えするためにこちらに」


「えっ、コルセンターで言ってくれればすぐなのに」


「コルセン……?」


 ギロスまでは、コルセンターの使用権が無かったか。

 あの遠隔通信魔法は、ちょっとしたもののやり取りなら可能だし、その気になれば人が通り抜けたりもできるのだ。


 ギロスがいるハジメーノ王国王都からは、ここまで片道でも三日とか四日とか掛かるだろうに。


「ともあれ、ここは私がはるばるやって来て、びっくりさせるべきだとハナメデル殿下が仰いまして」


「ははあ、風情を愛するあいつらしい。で、なんだ。俺は午前の仕事を終え、午睡に入る寸前だったのだが」


「それは失礼しました。ですが、眠気が吹っ飛ぶニュースですぞ」


「なんだなんだ、もったいぶりやがって」


 気になってくるじゃないか。


 日陰でむしろを敷いて、マドカと並んでお昼寝していたカトリナが、ギロスに気付いて起き出してきた。


「あらギロスさん。どうしたの?」


「ご婦人も一緒でしたか! あのですな、実はトラッピア陛下がご懐妊あそばしまして!!」


「なにーっ!!」


「えーっ!!」


「うーっ!!」


 俺とカトリナが飛び跳ねるくらいびっくりしたら、その声でマドカまで起きてしまった。

 不満げに手足をバタバタさせる。


「あー、ごめんごめん。マドカ起きちゃったねー」


「うー!」


 カトリナがマドカをむぎゅむぎゅと抱きしめる。

 マドカはおっぱいの大きい人に抱きしめられると眠くなる性質なので、すぐにまたぐうぐうと寝てしまった。


「そっかあ。トラッピアさんも赤ちゃんできたのねえ。男の子かな、女の子かな」


 男児が生まれるか女児が生まれるかは、割と国家の一大事だったりするが、そんなこともカトリナにかかれば友達の赤ちゃんの性別当てくらいの感覚になるのだ。


「会いに行っていいの?」


「ぜひぜひ!」


 ギロスがニッコニコで答えた。

 そのために俺たちに伝えに来たんだろうしなあ。


 ハナメデルやトラッピアが直接こちらに物を言わないのは、猛烈に忙しいからだろう。


「コルセンターなら一瞬だろうに」


「トラッピアさん、つわりとかあるのかもね。そうしたら仕事も全力じゃできないし、ハナメデルさんが代わりに頑張ってるんじゃない?」


「なるほど」


 納得である。

 カトリナが、つわりとかがめちゃくちゃ軽いタイプだったので全然意識していなかった。

 これは種族の差らしい。


 人間よりも大柄だったりする、オーガやミノタウロスなどの巨人種は、子どもが出来づらい代わりに妊娠中も通常行動ができて、安産なのだと。

 あと、どうやら子どもができづらいというのも俗説で、子どもができる季節が決まってるらしい。

 これは最近、魔本から聞いた。


「よし、じゃあこっちから王都に出かけるか。二、三日村を空けることになるからみんなに言っとかないとな」


「だねー。食事当番はちょっとみんなに負担掛けちゃうかも。ここは、食事当番見習いを本格的に昇格させるしか無いね」


「食事当番見習いだと……!?」


 カトリナがふふふ、と笑う。


「実はピアを鍛えてたんだよ……!」


「な、なんだってー!!」


 その後、午睡が終わったみんなに、俺とカトリナで王都のトラッピア懐妊を祝いに行くと伝えた。

 そしてカトリナ不在の間、料理番にはピアが入ると発表される。


「うおー!! うち、がんばります!!」


 ピアが鼻息も荒く応えた。

 やる気十分である。

 心強い。


 お料理担当ができるものが増えたほうが良いのだ。

 男どもに作らせてもいいのだが、彼らは力仕事という役割がある。


 逆に男たちが体を壊したりして力仕事ができない時、お料理を学んで補助に回るのもよい。

 そのうち、村総出でお料理の日をしてもいいな。


 そのような事を考えつつ、俺の一家は王都へと向かう。

 基本的に風情も何もなく、シュンッ(瞬間移動魔法)を用いての移動である。


 ものの数秒で王都に到着した。

 物心つき始めてから、初めての大都会である王都。


「おー!」


 マドカが目を丸くして、手をブンブン振り回す。

 興奮している。


 地球の町並みは見せたが、あそこ住宅街だし、人は少なかったし。

 それに対して、王都はでかい門があり、たくさんの人が行き交っている。


 今日も栄えているなあ。

 マドカの手を引き、カトリナと一緒に門をくぐった。


「あっ、ショート様!!」


「ショート様が来られた!」


「城に早馬を出せ! ショート様ご一家到着!! 周辺に知らせろ!」


「無礼な口を利く貴族がいたら殴り倒せ! 王都が焼かれるくらいなら貴族を投獄しろとの陛下からのお達しだ!」


 わあわあと兵たちが騒がしくなる。

 兵長が駆け寄ってきた。


「ようこそおいで下さいました。案内いたします、兵長のアサンです」


「よろしく。というか、貴族を殴り倒していいとか凄いことになってるな」


「以前、貴族街の者たちがショート様のご婦人のカトリナ様に無礼な口を利いたという話がありまして……。その後、該当の者たちは厳しい追求によって炙り出され、爵位を剥奪されて投獄されましたが」


「相変わらず苛烈な政治をしてるな!!」


 カトリナのことを、異種族がこんなところに来るなみたいな事を言ってたやつはいる。

 そこにトラッピアが制裁を加えたわけか。

 凄いことになっているな。


 ちなみに俺たちの宿泊を断った高級宿は問答無用で潰したらしい。

 いかがなものか。

 俺たちがアンタッチャブルになってはいないかな?


「おとたん! おかたん! なんこれー」


 マドカが兵長を指差す。


「兵長のアサンさんだよー。マドカと私たちを案内してくれるって。マドカ、よろしくお願いしますーってあいさつしようね」


 カトリナに言われて、「おー」とマドカが感嘆する。


「よーしくしあす!」


「よろしくされました」


 兵長アサンの顔がふにゃっととろけた。

 どうだ、俺の娘はカワイイだろう……!


 かくして、王都入り。

 トラッピアの元へ向かうのだ。



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