第216話 鍛える理由

「ショートさん! このあいだは、まおうをやっつけたんですか」


「そうだぞ。正しくは世界の外側に放り投げた」


 お昼過ぎの、カールくんの特訓中である。

 不意にそんな事を聞いてきた。


「そうだったんですね。じゃあ、せかいにまおうはいないんだ」


「今はな。だがどうしたんだいきなり」


「あの……。ぼくはどうして、つよくなろうとしてるんだろうっておもって」


 むっ、何やら根源的な疑問が湧いてきたな。

 人はどこから来てどこに行くのか、みたいな疑問と言えるかも知れん。


「カールくんはあれか。今平和になったのに、どうして強くなるかって考えちゃったか」


「はい……。ビンくんや、トリマルさんやアリたろうさんやガラドンくらいつよくなくても、ははうえはまもれるし……」


「うむ、その通りだ。刺客が襲ってきても、今のカールくんならば撃退できるだろう」


「だったら、なんでぼくはまほうのくふうとかしてるんですか?」


「それは簡単だ。強くなるためだぞ」


「うーん」


 おっと、抽象的すぎたか。

 カールくんは頭がいい。

 なので色々考え込んでしまうんだろう。


「いいかカールくん。世の中は案外複雑怪奇で、しかも自分が観測できないところまで広がってるもんなんだ」


「?」


 きょとんとするカールくん。


「つまりな、魔王は宇宙にものっすごい数いて、割とパラパラやって来る」


「!?」


「俺がマドレノースを倒してから二回魔王が来たんだ。まだまだ来るね。どうやらオービターたちの話を聞いていると、この世界の外側には魔王を生み出す星みたいなのが幾つもあって、そこから強力な魔王になれるやつが打ち出されてきてるらしい。そいつら降ってきて、星を食って成長する。なので強くなっておいて損はない」


「そ、そ、そんなことが!」


 衝撃を受けるカールくん。

 うむ、分かりやすい敵がいることを示すのは、やっぱりいいな。

 世界を単純化する行為だから、あまりよろしくないんだが。


 しかし魔王に限っては別だ。

 こいつは正真正銘の世界そのものの敵だからな。


 こうして強さへの疑問を解決したカールくん。

 まずは勇者四天王の実力を目指して特訓を再開するのだった。


 平和な世の中にいると、危機感ってのは薄れていくからな。

 自分が生活している世界の皮を一枚剥がすと、裏側はドロドロの闘争が行われてたりとか珍しくない。


 権力とか財力とか知力とかなんでもいいが、俺は魔王を仮想敵にして純粋なパワーを上げていくのを推奨しているというだけだ。


 そういうことで、カールくんはまた一つ魔法を覚えた。

 炎属性の攻撃魔法だ。

 ぶっちゃけると、俺流の魔法では属性ごとに一つしか攻撃魔法がない。


 これの火力と範囲、細かいコントロールの差異で名前を付け替えているだけだ。

 カール君にはこれをマスターできるよう頑張ってもらいたい。

 薪の着火から、湯沸かし、森を一つ焼き払うところまでやれるようになるぞ。


 だが焼き畑はいかんな、焼き畑は……。


 かつての俺は、勇者村の奥に広がる大森林に人が住んでるなんて思ってもいなかった。

 なので、どちらかというと焼き畑もお手軽でいいかなーなんて思っていたのだ。

 だが、そこにはフォレストマンたちが住んでいた。


 フォレストマンの爬虫類っぽい顔が思い浮かぶようになったので、俺は焼き畑反対派に転向だ。

 焼き畑はあれはあれで、お手軽でいいんだけどなあ。


「たあ! はあーっ! エターナルナイトメア!」


 おっ!

 カールくんの指先から、にょいんにょいんと悪夢を伝えるビームみたいなのが伸びてきた。

 それが道を歩いていたアリにぶつかり、こてんと転がったアリが痙攣を始める。


 アリが悪夢を見ているのだ。


「できた!」


「やるな! 俺が使うところを見てたのかい?」


「えっと、おひるねしてたら、ショートさんがまほうをつかうところがみえて、それでつかえるように」


 俺が最近エターナルナイトメアを使った時というと、ウエストランドの方の島で、魔王アセロリオンを追い出したあれか。

 どういうことだろう?

 俺とカールくんが、夢を通じて繋がっている。


 俺はちょっと調べてみた。

 魔法を探知する魔法なんぞを使うと、俺の目は魔力の流れを見られるようになる。


 なるほど、カールくんから細い魔力の糸が伸びて、俺に繋がっている。

 これは俺から彼に魔力を伝えるほどではないが、簡単なイメージなどは送り込めそうだ。


 どれどれ……。

 俺はよく冷やした豆腐にネギと鰹節と生姜を乗せて、醤油をかけてパクっとやるイメージを送り込んだ。


「あっ」


 ハッとするカールくん、ごくりとつばを飲んだ。


「いま、すごくおいしそうなイメージが……」


「やっぱり俺とカールくんは繋がっているようだな。世界でたった一人の弟子だからかも知れん。俺は遠からずなんか神様とかになりそうなんだが、そうなると人間の世界を導いていくのはカールくんになるのかもしれんな」


「ショートさん、かみさまになるんですか!?」


「のらりくらりと逃げ続けていたのだが、どうも神様ルートを突き進んでいるように思えてならんのだ。せめて孫を抱っこするまでは人間でいたい……! いや待て、そうなるとマドカが結婚して子どもを産む!? クソーっ! マドカと結婚する男は俺より強くなければ許さーん!! いやいやいや落ち着け俺よ!! それではマドカは結婚できない!! くっそー! これがアンビバレンツというやつか!!」


「ショートさんがなやんでる!!」


 傍から見るとしょうもないが、俺としては重大な悩みである。

 とりあえずカールくんの訓練どころではなくなったので、今日はおしまい。


 俺は焦燥に駆られた心を癒やすため、マドカのほっぺと触りに行くのであった。



 

 ─────────

大いなる力には大いなる責任が伴ったり伴わなかったりするのだが、大体マドカに触っていると気にならなくなるショートなのであった。


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