第213話 絹ごし豆腐の威力を見よ

 朝になった。

 宙に浮かせていた入れ物を下ろしてみると……。

 そこには、プルプルと震える白いものがあるではないか。


「お豆腐だ……!!」


「おとふ!」


「起きていたのかマドカ!」


 いつの間にか俺の足元にマドカがいて、キラキラした目で入れ物の中のものを見たがっている。

 あれは、ツンツンしようとしている顔だ!

 いかん、いかんぞ。


 だが、俺も父親として娘の好奇心を潰してしまいたくはない。

 ここは……そうだ。

 クロロックと一緒に食べられるようにすればいいのだ!


「マドカ、お父さんが抱っこしてやるぞ。クロロックのところでお豆腐一緒にたべような!」


「おとふー!!」


 食べる、という単語に、マドカがまた、目をキラキラ輝かせた。

 ということで、最近さらに重みを増してきたマドカを抱っこする。


 クロロックの家に駆け足でやって来たのだ。

 実は既にニーゲルは独り立ちし、肥溜めの近くに家を構えている。

 鍛冶神がやって来てから、簡単な家ならすぐに作れるようになったからな。


 お陰でクロロックは一人で気ままに暮らしている。


「クロロック!」


「なんでしょう」


 扉を叩いたら、横の川から返事があった。


「あっ。朝の行水をしていたか」


「ええ。乾季は肌が乾きますからね」


 ざぶざぶと上がってくるクロロック。

 布で体を拭いてからサッと衣服を身に纏った。


「あーうー」


 テカテカしたクロロックのカエル肌に触りたがるマドカ。

 そりゃあちょっと彼に悪いんじゃないか、と思ったが、クロロックはすぐに察して、吸盤の付いた指先でマドカの手をプニッと握った。


「おおー」


 マドカが笑顔になる。


「子どもの心を掴む技まで心得ているとはな」


「同じヒトですから。お互いが望むことをし合えば、満足につながるのです。しかしどうしたのですかショートさん。朝食にはいささか早い時間ですが」


「そりゃあ、朝飯の前のメインディッシュをクロロックに届けに来たんだ」


「メインディッシュ……まさか!」


 カエルの人の目が見開かれた。

 俺が差し出した入れ物を見て、彼の喉がクロクローと鳴る。


 真っ白に輝く絹ごし豆腐。

 俺は念動力の器を作り出し、そこに入れ物を逆さに置いた。


 そっと持ち上げていくと……。

 重力によって、白くプルルンとしたお豆腐が姿を現した。


「ほわー!」


 マドカが興奮して手をバタバタさせる。


「マドカ、クロロックが食べたら触っていいからな」


「まおも、まおも!」


「なにっ、触るんじゃなくて食べる方を重点で行くのか!」


「んーまっ!」


 マドカの宣言に、クロロックが目を細めた。


「では、マドカさんと二人でいただきましょう。人間は味がついていないと美味しくないでしょう。これはマドカさんのための甘いハーブです」


 クロロックのポケットから、赤い粉が出てきた。

 村でもよく食べられてる、ノライチゴを乾かしたものだな。

 豆腐に合うの?


 クロロックがぱらぱらと豆腐に振りかけるのを、マドカがじっと見つめている。


「じゃあ切り分けるぞ。クロロックとマドカのぶん」


 念動魔法で、スパッと真っ二つに。

 クロロックは口をぱかっと開くと、そこからしゅるるっと長い舌を飛び出させた。

 豆腐を見事につかみ取り、ごくりと飲み込んでしまう。


 カエルみたいな真似ができたんだな……!

 いや、カエル人なんだけどさ。


 目をぱちくりとさせるクロロック。

 ついで、瞬膜をうっとりと閉じて、ごくりと飲み下していく。


「素晴らしいです。飲み込む時にほろりと崩れる儚さ。鼻孔に抜ける大豆の香り……。なんと素晴らしいのでしょうか絹ごし豆腐。こころなしか、ショートさんの故郷で食べたものよりも香りが強い気がします」


「作りたてだからな。保存料とか入れなくていいぶん、大豆の味全振りなんだよ。よーし、マドカ、召し上がれ」


「おとふー!!」


 マドカはにゅっと手を伸ばし、豆腐を鷲掴み!

 崩れる!


「あー!」


「そりゃあ崩れるなあ」


 念動魔法で、崩れたお豆腐を集めてやった。


「力を入れたら、ぐちゃっとなるからな。優しく優しく食べるんだ」


「あい!」


 分かってるんだか分かってないんだか。

 だが、経験から豆腐の脆さを理解したらしいマドカ。

 そーっと念動魔法でくるまれた豆腐をちっちゃい手のひらで包み込み、口に運んだ。


 もぐもぐしている。


「おいしい?」


「ん!!」


 どうやら甘い味をつけたお豆腐がお気に召したらしい。

 残りも全部食べちゃうのかな? と思って見ていると。


「おや、どうしたマドカ。食べないの?」


「おとたん!」


「えっ!!」


「おとたんの!」


「俺も食べていいのか!!」


 俺にお豆腐を譲ってくれるとは!

 なんと優しい子なのだ!

 天才ではあるまいか。


 後でカトリナにも教えてやろう。

 彼女は今頃、朝飯の用意をしている頃だろうな。


 感慨にふけりながら、豆腐を食った。

 うん、豆乳の味がする。

 豆腐だもんな。


 元の世界の豆腐は、あれはあれで美味い。

 だが自分の手で作った豆腐となると、思い入れが入ってくるからめちゃくちゃ旨く感じるな……。


「おーしーね!」


「ああ、美味しいな!」


 マドカと顔を見合わせて笑う。

 クロロックは満足げにクロクロ喉を鳴らすと、ぱちくり、と目をしばたかせた。


「どうやら日の上り具合からして、そろそろ朝食の時間ですよ。お豆腐が一つだけで本当に良かった。美味しい朝食もしっかり食べられるくらい、お腹がすいていますからね」


「ああ、そうだな! 今後も豆腐は作られるだろう。そのためにも、俺たちは大豆を増産しないとな!」


 誓い合う、俺とクロロックなのだった。


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