第212話 カエルの人のために

 豆乳を入れる箱は、鍛冶神が作ってくれたのだった。

 早くて正確……!


『だがこのような小さくて脆いものを作るのは疲れる』


「普段は武器を打ってたもんなあ」


『うむ……。だが武器を振るうべき魔王もいなくなり、しばらくは暇になりそうだ。我は鍋や包丁を打ってみようかと考えている……』


「それも平和的でいいな!」


 伝説の調理器具みたいになりそうだが。


 ええと、煮込み終わった豆乳はどうするんだっけ?

 俺は素人なので詳しくない。


「布ですのです。こう」


 クロロックがやってみせる。

 どこからか持ってきた布で、ぎゅっと豆乳を濾すと、おからだけが布の中に残り液体は容器の中へ。


「そうか、おからができるんだった! これも味をつけると美味いぞ。うちの動物たちの餌にもなる」


 豆腐が作れて動物の餌もできるとは、捨てるところがないな、大豆!!

 俺はすっかり感心してしまった。


「これをしばらく冷やします」


「じゃあ屋内だな」


 台所から我が家の中に運び、テーブルの上に安置する。


「おとたん! なんこれー」


「あっあっ、マドカ、触ったらいけない。びしゃーっとこぼれて、俺もクロロックもとても悲しいことになる……」


「う?」


 難しい言い回しは分からないか!

 好奇心のカタマリたるマドカが、豆乳の入った箱を触らないはずがない。

 俺はこいつを、念動魔法でふわりと浮かせることにした。


 虫が寄り付かないように結界を張って……これでよし!!


「あーうー」


 箱に触りたいマドカが、バンザイしながら部屋の中をうろうろした。


「お豆腐できたら触ってもいいからな」


「おとふ?」


「そうそう。マドカはどんどん言葉を覚えるなあ」


「うん。マドカったらね、私たちがお喋りしてるのを横で聞いてて真似するの! すっごく頭がいいみたい!」


 カトリナの話を聞いて、俺はハッとする。


「やはり俺たちの娘は天才……」


「間違いないね天才だよ……」


 二人でマドカを天才天才と褒めてぺたぺた触ると、マドカがくすぐったがってキャッキャと笑う。

 そこへミーが呼びに来た。


「カトリナー。夕飯の用意しよ! 台所空いたから!」


「あ、はーい」


 さっきまで、台所は俺とクロロックが豆腐作りで占領していたのだった。

 とりあえず、豆乳が冷えるまではしばらくかかるだろう。

 にがりは冷えた後に入れるのだ。


「ご飯できるまで、マドカお友達と遊ぶか?」


「おとたんと!」


「そうかー。今日はお父さんと遊びたいんだなー」


 ふにゃっとなる俺である。

 親バカ全開だが、これでいいのだ。


 マドカを背中に乗せて、空飛ぶお馬さんごっこなどして遊ぶ。

 勇者村の上空を馬の姿勢で飛び回るのである。


 これは受けた。

 やはり子どもはお馬さんごっこ大好きだな!

 問題は、カールくんとビンとサーラとルアブが集まってきて、乗せて乗せてと大合唱するくらい人気になってしまったことである。


 最後は俺が巨大化して、全員を乗せて空を飛び回ることになった。

 いやあ、受けた受けた。


 飯ができたと呼びに来たフックとアキムが、腰を抜かしかけるほど驚いていたが。

 しゅるしゅると小さくなった俺。


 ちびっこたちを引き連れて、飯を食いに来た。

 じゅん菜のおひたしが並べられており、クロロックが瞬膜を細めて丸呑みにしていた。


「至福の味です……」


 なんて幸せそうな顔をするのだ、カエルの人。


「ワタシたちが作る絹ごし豆腐も、きっと素晴らしいのどごしでしょう。楽しみ過ぎます……!!」


 クロロックが、欲求を口にするのはとても珍しい。

 今まで頑張ってきた彼だからこそ、村全体で協力して美味しい豆腐を作ってやりたいな。


 飯を食いながら、話題は豆腐のことになった。

 男性陣と女性陣がともに、俺が伝える豆腐の製法に耳を傾ける。


「クロロックさんにはお世話になってるもんね。一番最初の村人だし!」


「だな。俺もクロロックにはごちそうしてやりたいぜ」


 カトリナとブルストが頷く。


「師匠に美味しいもの食べて欲しいっす!」


「はいです!」


 クロロックの直弟子であるニーゲルとポチーナも、やる気満々。

 ニーゲルは肥溜め担当なので料理はしないのだが、ポチーナが豆腐作成班に加わるらしい。


 ところでニーゲルとの仲はどこまで進んでいるんだね……?

 今度聞いてみるとしよう。


 ひとまず豆腐が完成したとしても、次の豆腐を作るのはまた手間である。

 俺とクロロックしか作れないのではどうしようもない。

 なぜなら俺たちは大変忙しく、今回は豆腐を作るために休んだのある。


 村の人々が豆腐を作れるようになれば、いつでもクロロックは美味しい絹ごしを楽しめるようになる。

 今、村人たちがクロロックに豆腐を食べさせるために団結する……!


 飯を食いながら、みんなで盛り上がる。


「じゃあ、お豆腐の料理を考えなくちゃね」


「豆腐って食べたことないねえ……どんな料理が合うのかね。あれならバインも食べられそうだし」


 ミーとパメラの会話を聞いて、確かに豆腐ならば赤ちゃんもいけそうだと頷く。

 マドカも豆腐に興味がありそうだったな。


「マドカも豆腐食うか?」


「とーふ!」


 よく分からないなりに、マドカは何か食べさせてもらえると察して、ニコニコする。


「ほらマドカ、あーんして。お豆腐はまた今度ねー」


「とーふ、とーふ!」


 手をバタバタさせるマドカだが、カトリナが口元に匙を運ぶと、大きく口を開ける。

 食こそが何よりも大切なのだ。


 さて、豆腐の完成は恐らく明日の朝。

 果たしてきちんと絹ごし豆腐になっているかどうか……!


 そう言えば、納豆に醤油も作りたいな。

 大豆でやりたいことはまだまだ幾らでもあるのだ。


「いやあ、今日は良き日です。ワタシのために皆さんが豆腐を作ってくださるとは」


「それは明日の豆腐が上手く行ったらだな。それに、明日も明後日もいい日だぞ。クロロックからしてもらったことはみんな忘れてないからな。いいことをしたら、返ってくるもんだ。少なくとも、勇者村はそう言うところだ」


 俺の言葉を聞いて、カエルの人は愉快そうに、クロクロと喉を鳴らすのだった。


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