第210話 魔王を宇宙に放り出せ

「アセロリオンが出てきた……! 本当に出てきた……。とんでもない作戦だな。俺のレーダーで走査したところ、この島の人間全員が昏倒しているぞ」


「うむ。全ての人間が根底で魔王と繋がっている可能性があったからな。全員を悪夢の底に沈めておいた」


「邪悪じゃね?」「邪悪ねー」「邪悪……だわ」


 なんと人聞きの悪い。

 オービターは実に愉快そうに手を叩いて笑っているではないか。


 工場の外に出ると、光を受けて赤い乱反射があちこちに降り注いでいた。


『ありえないありえないありえないっ!! 何がどうなってるの!? 私の頭の中に侵入してくるこの悪夢は何!? 全ての人間の意識を一度に取り込んで、私に嫌がらせを叩きつけてくるなんて……!!』


 巨大なカミキリムシが、島をまたぐようにして存在している。

 これがアセロリオンの完全体。


「まあしゃあねえ! やるぞお前ら! おらぁっ! フレアロケット!!」


 レンジがロケットを作り、オービターとストークが乗り込み、魔王へと飛びかかる。

 戦闘が始まったぞ。

 ビームやロケットがあちこちにぶっ飛ばされる。


 おっと、流れ弾が!

 俺が魔法を飛ばして流れ弾を防ぐ。


 そしてまた流れ弾が!

 続いて流れ弾が!

 またまた流れ弾が!


「エレジアくん、ラプサくん。彼らの戦い方はいつもこう? 周囲への被害を無視して戦う?」


「うん、そうだよ」


「大体……戦場になったところ、更地になる……」


「いかーん」


 俺は慌てた。

 思った以上に何も考えてないやつらだぞ!!


 さっきオハナシをしたあの男が、巻き添えで死んでしまうのは寝覚めが悪かろう。

 俺も人の子、多少なりとも関わった人間を見殺しにはできんのだ。


「よし、二人ともちょっと前に出て。そっち、そっち。そう、その辺り。そこから次元を分断するから」


「え? 分断って? はい?」


「嫌な予感……!」


 二人を特定の空間に押し込んだ後、俺は周辺空間を飲み込むように結界を発生させた。

 半径500mくらいの空間だ。

 俺がマドレノースと戦った時みたいなもんだな。


『な、なに、これは!?』


「なんだこりゃーっ!!」


「はいはい、次元分断の結界魔法だからねー。慌てない慌てない。このまま宇宙に放り出すだけだから。では、行くぞ! ツアーッ!!」


 宇宙へと持ち上げられていく結界。

 俺も同時に、ゆっくりと浮上していく。


 結界の中で戦いは継続しているが、お陰でアセロリオンが結界を破壊する方向に力を発揮していない。

 この結界魔法、マドレノースにメタを張ったもので、あいつにだけは破れないようにしているのだ。

 だが、他の魔王はどうだか分からない。


 属性的にアセロリオンはマドレノースに近いから、多分大丈夫だと思うが。


『くそっくそっ! なんてこと! 私が! 星から引き剥がされていく! せっかく降り立った星なのに!! 食い尽くそうとする端から餌の人間たちが始末されていって……!! 何、この星! しかも異常に強い勇者がいるし……!!』


「俺は村長だぞ」


『ありえない! ありえない! こんなことありえない!! もう、どうしてこんな星に降りてしまったのーっ!! 最悪ーっ!!』


 完全に星の外まで運んでしまったら、魔王の本能みたいなものが薄れてきたようだ。

 魔王は星に降りると、そいつを食い尽くす本能みたいなものが働くのだよな。

 なので、星から切り離すと冷静になるらしい。


「お前らが戦ってる状態のまま、宇宙に放り出すからなー」


「おう! 世話になったな、ショート!! お前の村のちびどもによろしくな!」


「うむ。短い間だったが、弟ができたみたいだったぞ。さらばだオービター!」


 かくして、飛び去っていく結界。

 俺が力を込めて押したので、結構な勢いで遠ざかっていく。


『二度と! 二度と戻ってくるか!! 死ね、くそ勇者ーっ!!』


 アセロリオンの叫びも遠ざかる。

 なにげにあいつは、生き汚くて最後まで俺にやられなかったな。

 これはなかなか凄い。運もいいのだろう。


「さらばだ、魔王を狩る者たち!」


 俺はしばらく彼らを見送った後、帰途につくのだった。

 島全体を覆ったエターナルナイトメアを解除するが、まあ明日の朝まで誰も目覚めない。

 その間に、島の経済はガタガタになるだろうが……。


 そもそも島が経済的に頼っていたウエストランド大陸がもう存在しないのだ。

 早晩、この島の経済圏も行き詰まり、だんだん元の素朴な文明に戻っていくことだろう。


 人間は、一度便利さを覚えると不便な環境に戻れないとは言う。

 だが、不便さに回帰せざるをえなくなれば、文句を言っていられないだろう。


 どれ、これは俺のサービスだ。


「過去召喚……! アノナツノオモイデ(俺命名)!!」


 町のあちこちに、かつて取り壊されたのであろう、この島にあった史跡を召喚する。

 正確には召喚ではなく、島に残った記憶から過去を再現する魔法だ。


 誰も過去を振り返らなければ、一週間ほどで消滅する幻だ。 

 だが、誰かが「昔はよかったなあ……」と思うと、そのたびに幻は実体を得ていく。


 この島が物質文明にしがみつくのか、それとも過去の姿に戻っていくのか……。

 それはどうなるかは分からない。


 文明とともに生きるなら、ウエストランド大陸の後継者になるだろう。

 過去に戻っていくなら、うちの村とも仲良くできるかも知れない。


「さらばだ、島!! また見にやって来るよ」


 俺は勇者村を目指して、瞬間移動をする。

 幾つかのセーブポイントを経由すれば、懐かしき我が家だ。


 こうして、魔王アセロリオンと魔王狩りをめぐる騒動は幕を閉じ……。

 ワールディアには平和が訪れたのである。


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