第209話 追い詰めろ、魔王

 ヨミトールで読み取った限り、この島民は魔王アセロリオンについての情報を何も持っていなかった。

 つまり、魔王は一般島民にはわからないように潜んでいる可能性があるということである。


 まあ、この間、ここに逃げ込んできたばかりだろうしな。

 定着する前にサクサクと見つけて、やっつけてしまおう。


「えー、まず、俺の個人的な興味から聞くんだが、この島は昔からこんな感じの貨幣経済だった? お金を得るためにあくせく働いて、自分がやっている労働が社会の中の何を担当しているのかとか全く分からなくなる感じで、労働が終わると夜で一杯引っ掛けて寝てまた労働に行く感じで、全く生きている意味が分からなくなるような」


 島民の顔が、みるみるしょんぼりしていく。

 彼のハートにクリティカルヒットしたようだ。


「お……俺が生まれた頃はまだ牧歌的な感じだったんだ……。だが、ウエストランド大陸に留学に行ったやつがいたそうで、そいつが『この島は遅れてる! 人間として最先端の生き方をしなきゃだめだ』と、魔王大戦が終わってからはどんどん文明化していって……」


「物質文明の方に全力で変わっていったわけだな。もしかして、島に残っていた伝統とか宗教とか全部無くなった感じ?」


「無い……」


 なるほどっ。

 島に降り立つ前もなんとなく感じていたが、島はどこでも同じような見た目の、機能的な構造の建物が立ち並んでいる。

 ポリッコーレ共和国もそんな雰囲気だったよな。


 つまり、町の見た目に個性が少なくなっているのだ。

 経済活動を機能的に行っていくにはとてもいい。

 ……で、その経済活動は何のためにやるんだ? と言う。


 経済活動を回すために経済活動を行うことになっているわけだな。

 まあ、それはこの島の取った選択なので俺は知らない。


 こうならないために、勇者村は貨幣経済を入れないようにしているのだ。

 

「それでここ何日間かで変わったことはないか? 例えば職場の潔癖症のやつが、いつもよりもさらに怒りっぽくなって悪いところ探しみたいなのをするようになってるとか」


「なぜそれを……!」


「ってことは近くにいるな」


 俺が振り向くと、レーダー使いのストークが頷いた。


「アセロリオンが周囲にもたらす影響だ。みんなお互いの悪を監視するようになる。そしてひたすらマウントを取り合って、社会が徐々に成立できなくなっていく」


 それがあの魔王の権能というわけだな。

 人間たちの諍いや、正義を巡る喧嘩で発生するエネルギーみたいなものを吸収して強大になっていくのだ。

 俺が正義だーって思って力を振るうのは、人間誰しも持ってる欲求だからなあ。


 多分、一線級の魔王というのは、こういう避け得ない人間の欲求などを司ったりしてるんだろう。

 マドレノースは社会だったしな。

 社会が複雑化すればするほど力を発揮していく、極めてたちの悪い……というか最悪の魔王だった。


 あいつが地球に来たら、あっという間に強くなって地球は滅びてただろうなあ。


「君の職場に案内してくれないかな? 君からはアセロリオンが関係するっぽい力は感じなかったのだ。その変になった同僚を見たい」


「いや、あの、俺はその、療養中ということで休みを取ってて……」


 つまり自主的病欠である。

 それで出勤したら、色々言われそうで怖いというのは気持ちとして分かる。

 俺も鬼ではない。


 彼から職場の場所だけを聞いて出かけていった。


 そこは工場である。

 機械がばったんばったん動いており、よく分からない平たくて白いものを生産していた。

 従業員たちは死んだ目をして働き、みんな機械油にまみれている。


「ショート、随分まどろっこしいことをするな。いきなり乗り込んで魔王を呼べばいいじゃねえか」


「大人になると色々あるのだオービター。あと、なんかこの島は故郷の地球の光景に被って胸が痛くなる……ノスタルジーみたいなものかも知れない」


 俺も異世界召喚されなかったら、今頃こんな感じで働いてたと思うしな。

 今の俺はとても優しい気分だ。

 彼らを物質文明から解放……はできなくても、よろしくない価値観を広める魔王から解放してやりたい。

 そして、俺VS魔王という一大スペクタクルを見てスッキリしてもらおうじゃないか。


「な、なんだあんたは!」


「失礼するぞツアーッ!」


 入り口で警備員みたいなのが誰何して来たので、頭にチョップを叩き込んで脳を揺らしておいた。


「ウグワーッ!!」


 膝から崩れ落ちる警備員。

 大丈夫だ、この攻撃は命に別条はない。

 お前のMP的なものをチョップで根こそぎ奪う、精神攻撃なのだ。


 名付けて精神攻撃魔法(打撃)アテミ!!

 警備員を無事に無力化した後、俺たちも、と真似をしようとする魔王狩りをなだめて工場の中に入り込む。

 大変機械油っぽい臭いがして、しかも湿気が籠もっており、ここは労働環境としてはよろしくない類である。


 あちこちで、工員同士が何やらつまらない話で言い争っている。

 やれ、お前の工数がどうとか、お前が足を引っ張ってるとか、そんな話だ。


 ギスギスしている。


「イライラする連中だな! 俺が一気にぶっ飛ばしてやろうか!」


「レンジのそういう短絡的なところ、嫌いではないぞ。だが、世の中はもっと平和的に解決する方法もあるんだ。俺ならできる」


 俺は天に手をかざした。


「本来であればこの魔法は、敵を悪夢に閉じ込めたり、ムカつくやつを悪夢に閉じ込めたり、カッとなって悪夢に閉じ込めたりするために用いられるが……」


「さ、最後のはどうなんだろう」


 魔剣使いのラプサからツッコミが入った。

 いい子である。


「今回は、こいつらに影響を与えている魔王を炙り出すために用いる。いけ! 悪夢魔法エターナルナイトメア!!」


 ついに、エターナルナイトメアの全力解禁である。

 漆黒だったり濃い紫色だったりするオーラが発生し、瞬く間に工場中に広がる!

 ついでに島全体に悪夢のオーラが広がる!


「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」


 工員たちが悪夢に包まれ、白目を剥いて次々に倒れていった。

 床の上で、びくんびくんと痙攣している。

 悪夢を見ていることだろう。


 そしてこの悪夢は、彼らにつながっている魔王へと逆流する!


『ぎゃーっ!?』


 どこかで凄い悲鳴が上がった。

 フィーッシュ!

 魔王を釣り上げてやったぞ!


 川釣りより簡単だぜ!!


 島の大地が鳴動する。

 ついに、魔王が姿を表そうとしているのだ。


「よし、魔王狩り諸君、全力で行けよ。魔王アセロリオンとの最終決戦だ」


「おう!」と元気に答える少年たちの横で、ラプサとエレジアが、「すごい力技……」「むしろこの人が魔王だよね」などと言っているのだった。


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