第205話 魔王狩りの帰還

 西の方の空が、真夜中だってのに真っ赤になったので、きっと魔王と魔王狩りがバチバチにやり合ってるんだろうなあと思ったのである。


「やってるやってる」


 濁り酒などやりつつ、まったりと西の空を眺める。

 本日の森はびっくりするくらい静かだ。

 ウエストランド大陸から漂ってくる、ヤバイ空気を動物たちも感じ取っているのだろう。


「ありゃあ何が起きてるんですかね」


 フックとアキムがやって来て、不安げに赤くなった空を眺めた。

 本日は、みんなで酒をぐいぐい飲んでどんちゃん騒ぎだったのだ。

 じゅん菜のおひたしがめちゃくちゃ美味しく出来てな。


 お酒をさらに発酵させて作ったお酢で、こいつに味付けをしてみんなでパクパク食べながら酒を飲んでいたのである。

 ブルスト酒工房は、米の酒ばかりではなく、出来損ないのエールみたいな麦の酒を完成させていた。

 ブルスト、酒を作る才能があるんじゃないか。まだ麦酒は不味いけど。


 だが、さっきまで陽気だったフックとアキムは、すっかり酔いが醒めてしまったようだ。

 うむ、これが普通の反応だよな。


 パメラと二人で豪快に飲み、歌い、なんかハグしたりしてるブルストが豪胆過ぎるのだ。

 ちなみにカトリナはお酒は遠慮していた。

 パメラが飲んでいる間、バインちゃんのおっぱい担当を自認しているからである。


 カトリナに抱っこされたバインは、お腹がいっぱいになってすやすや眠っている。

 まだ母乳が出るんだなあ。


 不良の大人たちが酒盛りをしている今日は、子どもたちのお泊り会も行われている。

 場所は教会だ。

 バインを除く子ども全員が教会で、自炊してお風呂を沸かして入って、そして歯を磨いて寝る。


 自立精神を養うイベントだな。

 未だに、教会の方はめちゃくちゃ賑やかだ。


 西の空が赤いのも全く気にしてない。

 勇者村の強大な戦力、子どもチームに割と揃ってるしな。


 マドカが寂しがらないか心配だったが、ビンとサーラがいるので大丈夫らしい。


「子どもたちが気にしてないのに、大人が気にしてどうするのだ」


「だけどショートさん。子どもの安全を守るのが俺らの仕事だろ。危なそうなのは分かっておかないと」


「アキムが真面目なことを……。だが言われてみればそんな気がしてきた」


 俺はうんうんとうなずく。


「よし、じゃあ俺が見てきてやろう。なので安心だぞ」


「お願いするっす!」


「頼むぜ!」


 心配性なお父さんたちの頼みを受けて、フワリと浮かび上がる俺である。

 そしてバビュンで飛ぶ。


 一瞬で海の王国まで到着した。

 停止したところ、周囲に強烈な衝撃波が吹き荒れる。

 ……どうやら俺の魔法、実力が上がっているようだな。


 もっとセーブしなければ地上に被害が出てしまう。

 だが、ここからは海だ。

 問題あるまい。


 海の王国の人々が、ソニックブームを耳にしてしゃがみこみ、耳を抑えている。

 ご迷惑をおかけしました!


 俺は念話でそれだけ全国民に伝えて、こんどはそろーっと静かに移動した。

 そして、ここまで来たら大丈夫だろうと言う辺りで、加速する。


 俺の周囲に生まれた衝撃派で、海が割れた。

 猛烈な勢いで飛ぶ。


 すぐにウエストランド大陸が見えてきた。

 大気圏内でも、マッハ20くらい出るようになってしまったか。

 そろそろ飛翔魔法は封印だな。


 周囲に被害を与えない移動方法を開発せねばならない。

 そう思いながら、俺はウエストランド大陸に着弾した。

 着地ではない、着弾である。


 爆発が起きるが、問題はない。

 ここは魔王狩りが暴れてクレーターになった場所なのだ。


 さて、やって来てみると、なるほど大陸の西方が真っ赤に燃え上がっているのが分かる。

 天まで届くほどの光だ。

 ありゃあなんだろう。


 俺はフワリと近づいていって見た。

 すぐに分かる。


「あー、魔王が羽化してるのか」


 マドレノースと戦っていた時に仕入れた情報なのだが、魔王は卵の状態で星にやって来る。

 その中にはまだ未熟な魔王が入っている。

 で、魔王は星に到着すると卵から幼体になり、これが昆虫のように蛹になったり、あるいはそのままの状態から羽化して成体になる。

 その上に完全体が、そしてマドレノースが至った究極体がある。


 これは、魔王アセロリオンが幼体から成体になった状況……?

 いや、俺が会ったあいつは、既にしっかりと自我もあったので、既に成体だろう。

 ということは、これは完全体になったな?


 魔王狩りめ、しくじりおって。


 悪役っぽいことを呟きつつ、俺はふわふわと燃え上がる大地の真上に来た。

 あちこちで弾けるビーム。

 なんと、あろうことかロケットが飛び回っている。


 その中でも一際大きなロケットの上に、見知った二人と初対面の三人がいた。


「おーい、オービター。エレジアー」


 俺がロケットと並走しつつ声を掛けると、二人は目を丸くし、すぐに笑顔になった。


「ショートじゃん! 元気かよ!」


「赤ちゃん元気? 大きくなった?」


「マドカな。凄いぞ。立つし歩くし喋るぞ」


「すげえええ」


 世間話をしていたら、下からアセロリオンが変じたらしい、真っ赤な巨大カミキリムシがいて、俺たち目掛けて光の超巨大刃を振るってきた。

 いやあ、荒唐無稽なシーンである。

 だがそうとしか表現できない。


 俺は刃に向かって、「ツアーッ! 光刃白刃取り!!」両手でキャッチ。

 そして、「ツアーッ!」ポキっと折って、大気圏外へ放り投げた。


『勇者!! いつの間に!!』


 アセロリオンが、複眼をぎょろぎょろと動かした。

 俺の動きを見て、ロケットを制御していた男が驚愕して叫んだ。


「な、何だよこいつ!? おいオービター! このクッソつええ男は誰だ!」


「ショートか。ショートはな、村長だぞ」


「うむ」


 俺が重々しく頷くと、ロケット制御の男が「いやいやいやいや! おかしいだろおかしいだろ」と突っ込んでくる。

 彼の隣には、妙齢のおとなしそうなお嬢さんもいて、大変胃が痛そうな顔をしているではないか。

 そして最後に、クールな感じの少年がいて、俺やアセロリオンのことを探っているようだ。


 俺の目には見えるのだが、クールな少年は魔力をレーダー波のように放って、周囲の状況を観察しているようだ。


「逃げるぞ……! 魔王め、この男が恐ろしいらしい」


「マジかあ!」


「マジだぞ」


 三人の少年がわいわい騒いでいる。

 そして眼下では、魔王アセロリオンはその姿を縮小し、赤い服の少女に戻るところだった。


「勇者が来たんじゃあまりに分が悪いわ!! ここは退いてあげる。次は絶対殺すから!!」


 そう吠えて、アセロリオンが消えた。

 うむ、平和的に終わったな。


 しかしまあ……久々にウエストランド大陸にやって来たが……。

 見晴らしがよくなったなあ!

 大陸の半分が荒野になってるじゃないか!


 今は夜なので、大陸の隅から隅まで、ほとんど街の灯りらしきものが無くなっているのが分かる。

 こりゃあ凄い。


 だが、そんなことよりも西の空を赤く染めている現象はこれで解決したところだ。

 俺は酒を飲み直すために戻らねばならん。

 ここで、ちょっと思いついた。


「魔王狩りたちよ。うちの村で飯を食っていけ。子どもたちがお泊り会をしていてな。監督してくれるちょっと年上のお兄さんお姉さんがいると嬉しい……」


 かくして。

 俺は彼ら五人を連れ帰るのであった。



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