第200話 二年目の終わり

 最近雨が降らなくなってきたので、これは完全に乾季に切り替わりつつあると思っていいだろう。

 俺の勇者村で暮らす二年目が終わったのだ。

 この一年は、最初の一年目と比べると割と穏やかだったような……。


 ふと、マドカのこととか魔王のことを思い出す。

 うん、波乱万丈だったな!


 勇者村という生活基盤が完成しているから、精神的に余裕があっただけだ。

 あとは父親になったので、物の考え方が変わるな。

 家族優先になる。


 この家族には、勇者村の仲間たちも含まれている。

 今後は無茶はできんなあ……。


「いやいやいや、無茶はしてきただろ。そして我が勇者村には絶対的防御機構がある……。なあトリマル」


「のーえーて!」


「ホロホロ!」


 なんだなんだ?

 近くにトリマルがいたはずなのだが、いつの間にかちょっと離れた場所で、マドカとお喋りしている。

 どうやら、マドカはトリマルに乗りたいらしいのだが……この一年間で大いにサイズアップしているため、乗せられないよと断られているらしいのだ。


「のいたい!」


「ホロホロ~」


「ぶー」


 おっと、マドカがむくれてしまった。

 これも可愛い。


「マドカ、お父さんが乗せてやるぞー」


「おとたん、のう!」


 コロッと機嫌を直すマドカなのである。


「ホロホロ、ホロ」


「なに、まだサイズアップする魔法は研究段階だから、マドカで試すわけにはいかない? なんと……ちゃんと工夫してたのかトリマル……。お前ってやつは」


「ホロホロ!」


「ああ、頑張れよ!」


 トリマルが羽根をフリフリ、去っていく。

 俺はマドカを肩車して、村の中を歩き回るのである。


「めぇめぇ」


「きゃー」


「めぇぇ」


「きゃきゃー」


 サーラの声が聞こえてきた。

 向こうで、子ヤギたちと戯れているな。


「さーあー!」


「あっ、まおー!」


 赤ちゃんたちの邂逅である。

 マドカがもぞもぞ動いたので、これは降りたいのだなと察する。


「よしマドカ、遊んで来い。帰りたくなったら呼ぶんだぞー」


「あい!」


 マドカを地面に下ろすと、ばたばたばたっと走ってサーラの元に行った。

 子ヤギやガラドンがおり、草を食べたり、サーラやマドカにじゃれついたりしている。

 ほっこりする光景だ。


「ショートさん!! おそわりにきました!」


「ちょーと! ビンも!」


「おっと、今度は男の子チームだな」


 カールくんとビンを連れて、丘の上へ。

 魔法の練習など始めてみる。


「あれっ!? はたけにもショートさんが!!」


「あれが俺の本体だ。こっちの俺は分身だな。だが、分身でも弱い状態の魔王とやりあえる程度の力はある。さあ始めよう」


 カールくんは万能型。

 俺の編み出したショート式魔法体系の正統後継者である。

 まだまだレベルが低いから、魔法は大した効果をあげないが、ここで選択肢を増やせばレベルアップした時に素晴らしい効果を発揮するだろう。


 ビンは念動魔法特化。

 どうやら彼も、俺の影響を受けていたようだ。

 俺の念動魔法と全く同じ系統なので、彼は恐らく他の魔法を使えない。


 だが、念動魔法を手足のようにコントロールできる上に、最近では念動力の実体化まで使えるようになったそうだ。


「ちょーと! これねーこうするの!」


 ビンの背後に、人の形をした念動力が立ち上がる。

 それが自ら動き、大地を踏みしめて歩き、地面の小石を拾った。


「おっ! すげえな!! その応用は俺もやったこと無い」


「えへへー」


 凄まじい才能だぞ、ビン。

 そして才能を磨き上げる努力!

 二歳になったばかりの子とは思えない。


 これを呆然と見ていたカールくん。


「ビン! ぼくにもおしえてくれ! たのむ!」


 おおっ、二歳児にも教えを請う!

 その貪欲さやよし。

 彼のモチベーションは、母上を守れる強い男になることだからな。


 トラッピアにはカイゼルバーン伯爵家の話はしてみたが、王都へ税をきちんと収めてくれているところなので、家の事情にはノータッチでいる方針だと言う。

 そこんところデジタルだよな、トラッピア。


 まあいい。

 カールくん一家はうちで引き受けるとしよう。

 シャルロッテもすっかり婦人会に溶け込んで、毎日楽しそうに何かしらやっているからな。


 勇者村は田舎なので、自分が手を動かさなければ何も始まらない。

 だから、やるべきことは無限にあるのだ。


 そして無限にあることを放っておいて遊んでもいい。

 その分あとで働けばいいのだ。


 ちなみに労働は最大で一日六時間。

 肉体労働だからね!

 無理をしないで継続せねばならん。


 カールくんとビンの魔法練習が一区切りした頃合い。

 丘の下からクロロックが上ってきた。


「やあクロロック。この時間帯は肥溜めにいると思ったが」


「ニーゲルとポチーナさんが守っていてくれますからね。二度目の乾季ともなれば、昨年ワタシが伝授した肥料のレシピを使うときでしょう。あえてニーゲルに任せ、ワタシは成果を見るのみです」


「おっ、弟子の成長を見守るやつだな? それでクロロックはどうするんだ?」


「ワタシはですね、今年は大きな目標があります」


「なんだなんだ」


「向こうです」


 クロロックが、吸盤のついた指先で指し示すのは……。

 勇者村よりもさらに奥地。


 熱帯雨林である。

 

「あの土地から、急激に気候が変わります。これを活かして、新しい畑を作りたいのです」


「なるほど、そいつはいいな……! 勇者村の住人もまだ増えるだろうし、食べるものと働く場所はもっと多くてもいい」


 新しい目標が生まれた。


 一年目は、始まりと開拓。

 二年目は、基盤固め。

 三年目は、土地の拡張というわけだ。


 次なる目的地は熱帯雨林。

 村に流れ込む川が、そこから生まれている。

 一度も踏み入ったことがない場所だ。


 そこに果たして、何が待ち受けているのやら。


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