第199話 試飲会と、見えてきた雨季の終わり

 最近、晴れ間が増えてきた。

 雨季ももうじき終わるのだ。

 ということは……マドカが生まれてから一年になり、俺とカトリナが出会ってから二年になるということ。


「時の流れるのは早い……!」


「何年寄りみたいなこと言ってんのよ」


 ヒロイナがすぐ近くにいたようで、突っ込まれた。


「おう、ヒロイナ。最近どう?」


「曖昧な質問ねえ。フォスとなら良好よ。あたし、もう高望みはしないって決めたの……! つーか、ここで暮らしてると、王都と違ってうるさい年寄りに気を使わなくていいし、空気も水も食べ物も美味しいし、フォスはあたしを立ててくれるし……」


 つまりすこぶる幸せらしい。

 ヒロイナの目つきは明らかに優しくなっているしな。


「あんたが開いたこの村、いいとこだわ。だから絶対、余計な奴らを呼ぶんじゃないわよ。田舎は田舎のままが最高なの。王都は便利だけど、みんな死んだ目をして仕事してるもの」


「そんなものか。田舎もそんないいものじゃないだろ」


「その田舎に暮らしてる人全員が、ここをいいところにしようって意識して頑張ってるじゃない。だからここは住み良いのよ。ってことで、これからも励みなさいよ!」


 ペシーンと俺の背中を叩いて去っていくヒロイナなのだ。

 儚げな外見ながら、人間性はかなり男前ではあるよな、あいつ。


 彼女がいそいそと去っていくのには理由がある。

 これから、ヒロイナ的一大イベントの準備をせねばならないのだ。

 それは……。


「ブルストが作ったお米のお酒の試飲会を始めるわよ!!」


 ヒロイナが大々的に宣言する。

 うおーっと吠える男たち。

 なんかうちの父親まで混じってるし。


「こういう機会でも無いと、人と酒を飲めないからなあ……。飲み会ではだいたいホッピーサイダー割り飲んでるから……」


「糖尿だもんなあ」


「痛風も怖くてな……」


「辛い」


「気をつけろよ翔人。うちは糖尿と高血圧の家系でプリン体にも弱いぞ」


「うーむ……俺、最近親父に似てきた気がするんで、その辺りのバッドステータスは全部継承してると思うんだよな」


 気をつけよう。

 神をも凌駕する力を手に入れたが、生活習慣病で大変です、となったら目も当てられない。


 そうだ、体に悪い美食は勇者村では制限するのだ……!

 そうしよう。


「おとたん?」


「はっ」


 マドカがじーっと俺を見上げている。

 美食を何よりも愛する我が娘。

 俺の生活習慣病予防のためには、マドカが最大の障害になる可能性が……いやいや、俺が我慢すればいいだけだった。


「おとたん、いこ!」


「おうおう」


 マドカが手を引っ張ってくる。

 なかなかのパワーだ。

 俺は娘に引っ張られながら、試飲会会場に行った。


 こちらでは、子ども用のメニューも用意されていた。

 クロロックとブレインとカタローグの三人が作り出した、丘ヤシのシロップを水で割ったものである。

 これがまた猛烈に甘い。


 それをほどよいところまで水で薄める。

 子どもには大変好評である。


「実は麦から糖を取り出しましてね」


 ブレインが凄いことを言ってくるので、俺は目を剥いた。


「どういうことなの……!?」


「麦を低温加熱していると変化が起きて、酒のように熟成するのではなく、甘みだけが増すのです。これを丘ヤシを煮詰めたものと組み合わせたことで、素晴らしい甘みを実現しました」


「すごい」


「勇者村は新しい知見の宝庫ですよ。日々、新しい発見が生まれています」


「魔本も新たなページがどんどん書き加えられておりますなあ。素晴らしい!」


「麦から糖を取り出せるということは、米から糖を取り出せるのでは?」


 クロロックの言葉に、ブレインが頷いた。


「ええ。間違いなくできるでしょう。これは研究するべきです」


 へんてこな学者たちが、結果的に子どもたち大喜びのスイーツを発明したりしている。

 ピアなどは、シロップを直接パンに塗って食べている。

 そういう食べ方もあるな……!


 一方、試飲会は普通の飲み会になっていた。

 わいわいと、おっさんたちが騒いでいる。

 干し肉くらいしかつまみも無いのによくそんなに盛り上がれるな……!


「あれ? 女子はどうしたんだ」


「ああ、そんならショートの家の中で女子会してるわよ」


「なにっ」


 覗きに行ってみると、こっちはお手製のおつまみがたくさんあって、それをつまみながらブルストのお酒を楽しんでいるところである。


「あ、ショートらー!」


 ふらふらーっと立ち上がるカトリナ。


「あっ! 酔ってるな! カトリナ猛烈に酒に弱いのに」


「いーろいーろ。あろねー。なんか頭らねー。ふわふわーってしれれねー」


「足取りがフラフラしているじゃないか」


 とりあえずカトリナは、コップいっぱい飲み干したところで完全にできあがってしまったらしい。

 俺は彼女を連れたまま、風に当てるために外に出る。


 うーむ!

 俺だけ何も飲み食いしてないんだが?


「おかたん!!」


 マドカが走ってきた。

 口の周りにシロップがついている。


「おかたん?」


「お母さんなー。お酒飲んで酔っ払っちゃったんだよ」


「よぱー?」


「そうそう」


「んー。おとたん! おーしーの!」


 気がつけば、マドカはコップを二つ持っている。

 そのうちの一つを俺に差し出した。

 シロップ水だな。


「ありがとうな、マドカ」


「おーしーおーしー、する!」


「そうだな!」


 コップを受け取ったところで、空を覆っていた雲がゆっくりと割れてきた。

 差し込んでくる日差し。

 雲の向こうは、真っ青な空である。


「本当に雨季は終わりだなあ……。また暑い季節が来るぞお」


「むー?」


「今年からは、マドカも川遊びできるな。まだ分からないだろうが、きっと楽しいぞ」


「んむ!」


 分からないなりに、マドカは力強く頷き……。

 コップの中身をごくごくと飲み干すのであった。


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