第197話 ショート一家の帰還

 家の周りをぐるっと回り、見知った家がなくなっていたり、新しい賃貸マンションが建ってたりしたのを見て時の流れを感じた。

 終始マドカは物珍しそうに、ポテポテ歩いていっては色々なものにペタペタ触り、猫が歩いていると駆け寄り、犬が散歩していると駆け寄ったりしていた。


「んー」


「どうしたマドカ。満足したのか?」


「おとたん!」


「おう、お父さんだぞー」


「マドカ! 私は? 私は?」


「おかたん!」


 おおーっ!!

 きちんと単語と対象を結びつけて認識している!!

 うちの子は天才だぞ。


 カトリナが感極まってマドカを抱き上げて、むぎゅーっと抱きしめた。

 マドカは抱っこされたので、これで今日のお散歩は終わり、と思ったらしい。

 カトリナの胸に顔をうずめて、ぐりぐりしている。


「マドカが甘えるモードになった。お散歩はこれで終わりかな」


「だねえー」


 ということで、家に帰ることにした。

 途中で、ブロック塀にねじ込んだ魔法を回収していく。


 地球でアイテムボクースを展開するのはちょっとやばそうなので、魔法はポケットに突っ込んでおくことにした。


「あーい!」


「なに、マドカが欲しいのか?」


「んむー」


 ビー玉サイズに丸めた魔法、たしかに赤ちゃんの手なら遊べる大きさかもしれない。

 手渡すと、マドカはそれを、ぎゅっぎゅっと握っていた。


 そしてパクっと食べる。


「あっ」


「あっ」


 しまった、赤ちゃんはなんでも食べるんだった!

 マドカは魔法をもぐもぐもぐっと食べると、ごくっと飲み込んだ。


 本当に食べてしまった。

 特に味が無かったらしくて、マドカがむずかしい顔をしている。


「マドカー。魔法は食べちゃダメ……いや、魔法だからいいのか。でも、なんでも食べたら危ないぞ」


「んまー」


 わたし何言われてるか分かりませーん! みたいな赤ちゃんのふりをしてきた。

 賢くなってきたな!


 玄関の前まで両親が来ていて、というかずーっと待っていたらしくて、マドカが戻ってくるとあっちから駆け寄ってきた。


「マドカちゃん大丈夫だったかい!?」


「怪我してない? いっぱいお散歩したの? 偉いわねー!」


「うまま!」


「よーし、じいじと一緒にいこうねー」


「ばあばと一緒にいくのよねー」


「じいじ? ばあば?」


 マドカが両親の自称を口にする。

 その瞬間、二人とも硬直した。


 ちょっとしてから、二人の感情が爆発する!


「おい翔人聞いたか! じいじだって!」


「ばあばだって! やだー!! マドカちゃんったら天才じゃないの!?」


「今俺は、間違いなくあんたたちの息子だなあーって実感したところだ……」


 反応がまんま、俺とカトリナだ。

 カトリナもくすくす笑っている。


「傍から見ると、俺たちはあんなんなんだなあ」


「そうだねえ。でも、楽しそうに見えるならいいんじゃない? さ、行こ行こ! そろそろ帰る時間なんでしょ?」


「おお、そうだった」


 俺を包む結界魔法、イセカイガエリがほころびを見せ始めていた。

 やはり、俺とマドカを対象にすると、規格外の魔力によって劣化が激しいらしい。


「では、俺たちは帰る。またな……」


「そうか……。じゃあ明日は俺たちがマドカちゃんに会いに行くよ」


「また明日ね、マドカちゃん。バイバーイ」


 めげない両親である。

 ホイホイ異世界に来てるんだから当たり前か。


 もう、近くのスーパーに行くような感覚で勇者村にやって来ているからな。

 村の住人も、うちの両親が来るのを当たり前みたいに受け入れている。


 逆に、勇者村からこっちにホイホイ来ているやつもいるようだが……。


 じっと海乃理を見る。


「な、なにかな~?」


 心当たりのある海乃理が、ちょっと焦った様子で答えた。


「なあ、パワースを最近、村で見かけないことが増えてるんだけど……」


「あー、ほら! 彼、就職のために勉強しなくちゃじゃない? 今ね、日本語学校に通ってて」


「マジかあ」


 本格的に地球に移住するつもりだな、あの男。

 こんなレベル1しかいない世界に、レベル99の男が住み着いたらどうなると思ってるんだ。

 リアルスーパ◯マンみたいな状態だぞ。いや、そこまで強くはないか。


 せいぜい、大型戦車を持ち上げられるくらいの力持ちさんだな。


 ちなみに俺が、よく地球の兵器なんかと能力を比較したりするのだが、これはデータ比較魔法、オワカリイタダケタダロウカ(俺命名)によるものだ。

 多分、同じ名前で効果が違う魔法をいくつか作ってる気がする。

 俺、名前のレパートリー少ないからな。


 俺の知識にある兵器などと比較すると、なんとなく凄さが分かりやすいじゃないか。

 しかしこれ、俺の本気パンチが核ミサイル三千発ぶん(ただし状況によって上昇する)とか表示されてても、実感が湧かんな……!


 それはともかく。

 俺たちは勇者村に戻るのである。


 マドカもお腹が減ってきたようだ。

 こっちの美味しすぎるおやつを食べないうちに退散。

 勇者村の健康的なおやつを食べさせるぞ……!!


 地球のお菓子は砂糖がふんだんに使われてて、恐ろしく甘かったりするからな。

 赤ちゃんにこの味を覚えさせてはいかん。

 勇者村のおやつに満足できなくなる!


 マドカがゆっくり手を振って、「ばいばー」と母のバイバイを真似すると、両親が手を取り合ってキャーッと狂喜した。

 いい年をして凄いはしゃぎ方をするなあ……!


 孫は宇宙一可愛いらしい。

 俺としても、赤ちゃん期が終わってしまうのは残念かなあと思っていたのだが、ぺちゃぺちゃと喋りだすマドカは、これはこれでめちゃくちゃに可愛い。

 なんだ、子どもはずっと可愛いな!


 新たな発見であった。


「おーしーの! おーしーの!」


 ぷにぷにの両手を振り回し、おやつを要求するマドカを抱っこしつつ、俺たちは世界の境界線を超えた。

 そしてただいま、勇者村!


 我が娘のお腹を満たすべく、おやつを用意せねばならない。


「ショート、なんだか嬉しそうだねえ。すっごくニコニコしてる」


「そう!? なんだろうなあ……。両親の喜びがうつってしまった」


 そう言うカトリナも、にまにまと笑っている。

 かくして、笑みが抜けぬまま、俺たちは帰還したのである。


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