第195話 近所のお散歩という名の冒険

 マドカがすっかり満足し、うちの母の膝の上に乗って、プリンを食べさせてもらっている。

 あっ、そんな激ウマなスイーツを食べさせたら、勇者村に戻った後が……!


「あれ、母さんの手作りで甘み控えめなんだって。お父さんほら、糖尿やってるでしょ」


「なるほど」


 納得した。

 高血圧と糖尿をやってから、主食がキャベツになっているウサギみたいなうちの父親である。

 そんな父が安心して食べられるプリンなら問題あるまい。


 マドカはこれでも、なめらかな口当たりに濃厚な卵やミルクの香りを楽しんでいて、うまうまとどんどん平らげていく。


「マドカちゃん、いっぱい食べるわねえー! 食べさせ甲斐があるわ! うちの子。二人とも小さい頃はたくさん食べるタイプじゃなかったものねえ」


 そうだったのか……!

 マドカの健啖は、間違いなくカトリナの遺伝子だな。

 そのカトリナは、海乃理から借りたファッション雑誌を熟読している。


 写真が載っているのが珍しいのと、次なる衣服の着想を得ようとしているらしい。


「ミノリさん、この本もらっていい? 高そうだから、無理ならいいけど……」


「いいよいいよー。カトリナさん、服を作ってるもんね。今度かっこいいのできたら着せてよ!」


「もちろん!」


 勇者村へのお土産ができていく。

 そう言えば家族が揃っているし、せっかくの機会だから気になっていたことを聞いてみよう。

 パワースの今後のことだ。


「あのさ、パワースこっちに引っ越すってホントか?」


「本当だよ?」


 海乃理が当たり前でしょ、みたいなノリで肯定した。

 俺は「ほーん」と相づちを打った後、座ったまま驚愕で飛び上がる。


「マジ?」


「マジマジ。戸籍の問題があるけど、なんかそれが気がついたら上手く行ってたみたい。ハーフの人で国籍が日本ってことになってたってさー」


「なぜだ」


「分からないなあ……。いきなりそういうことに……。うちに男が住むのか……」


「いいじゃない。我が家にも孫が増えそうだし」


 両親がそんな話をしており、つまりパワースは海乃理と同棲することに!?

 いや、異世界人だし一人暮らしは無理だろうから、妥当なとこだろうけど。


 で、パワースの国籍関係をいじったのは、大体見当がついている。

 ユイーツ神がこっちの神様を通じて、働きかけたのだろう。

 気が利く神様なのだが、わざわざそんなことをしたのは、彼の現実逃避の娯楽であろうことを俺は見抜いていた。


 しかし、パワースはこっちで暮らすのかあ。

 農協に面通しも済んでるって言ってたからなあ。


「パワースくん、イケメンだしハーフでしょ? 絶対近所の奥さんたちが農協に通うようになるわよ」


「ああ。俺の仲間もな、色々売ってくれそうだって期待してた」


 農協は様々な事業を行っており、顧客と対面する立場にパワースがつけば、そのイケメンパワーで多くの契約を獲得するであろうということらしい。

 確かに。

 あいつ、下調べや根回し、現地コミュニティに入り込んでの情報収集が得意だったしな。


 そんな盗賊みたいなことをやれつつ、戦士としての実力は超一流どころではない。

 レベル99だからな。

 こっちの世界だと、ワンマンズアーミーみたいな戦力だぞ。小国なら一人で相手できるだろ。


 そんなバランスブレイカーが農協の職員に……!?

 これはこれで面白い気がする……。


 問題はパワースと海乃理の関係がどこまで進んでいるかだが……。

 じっと海乃理を見る。

 海乃理がにっこり笑った。


 母親を見ると、母親もにっこりした。

 そうか……。

 外堀も内堀も埋まっているか。


 俺はこの件には突っ込まないことにした。


「うまーまー」


 マドカがプリンを食べ終わり、ごくごく牛乳を飲んで満足げに声をあげた。

 お腹が膨れても、すぐに寝たりしないのがマドカである。


 立ち上がると、またぽてぽて歩き出した。


「そうだ、ショート。マドカちゃんとカトリナさんと一緒に、近所をぐるっと回ってきたら? ご近所さんに生きてたって分かってもらえるし」


「そう言えば、俺はずっと失踪した扱いだったもんな」


 母の言うことに頷く。

 マドカはよそ行き用に、海乃理が昔着ていた服を着せる。


 まだ一歳になってないのに、海乃理が二歳の頃の服がピッタリだな……!


「マドカはでかいなー」


「んまー!」


 でしょー、とでも言いたげに笑うマドカ。

 カトリナは海乃理の服では主に胸元のサイズが合わないので、母の服を借りた。


 ショックを受ける海乃理。

 カトリナが着替えたのを見て、「おばさんくさくない? だいじょうぶ?」とか言っている。

 大丈夫に決まってるのだ。


 角が引っかからないように、前から止めるタイプの服を選んだ。

 うーん、現代服姿のカトリナ、可愛い。


 あれっ!?

 そう言えば、こっちの世界の夏に海水浴行った時、普段着はどうしたんだ!?


「あれ? そのまんまデパート行ったよ?」


「あのファンタジー衣装のままでか!! めちゃくちゃ注目されただろ……」


「すっごく目立った」


 そりゃそうだよ。

 しかも2m近くて角がついたパメラも一緒だろ。


 きっとご近所では噂になってたことだろう。


「翔人! これ、これ!」


 父が見慣れぬものを持ってきた。

 それは、輪っかみたいなものと、そこから伸びるワイヤーと取っ手?


「子ども用ハーネス。テレビでやってたから買っておいたぞ」


「そんなものがあるのか!!」


 子どもはチョロチョロっとあちこち行ってしまうので、危ないところに飛び出したり、見つからなくなったりしないように、これで文字通り紐付けをするということだろう。

 確かに、行動力のあるマドカにはちょうどよかろう。


「マドカ、これからお前に紐をつける……」


「もー?」


「そう、ヒモ。こうやって……」


 ベルトで、肩から胸周りに固定する。


「おっ、なかなかかっこいいな」


「んま!!」


 マドカがちょっと気に入ったようだ。

 早速、ハーネスを付けてもりもり歩き始める。


 取っ手を握っていると、ワイヤーがずんずん伸びていき、適当なところでピタッと止まった。


「おー!」


 マドカはワイヤーで引っかかる感覚が面白いらしくて、ちょっと戻っては進み、進んでは戻ってはを繰り返している。


「かなり気に入ったらしい」


「マドカちゃん変わってるわねえ。でもなんでも前向きに受け入れるのはいいことだわねえ」


「気をつけて散歩に行ってくるんだぞ」


 両親と海乃理に見送られ、俺、カトリナ、マドカでご近所散歩に向かうのである。

 これ、マドカからすると小旅行だな。

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