第194話 久しぶりの地球

 結界魔法の名は、イセカイガエリとした。

 調整も完了。これで事故でも起きなければ、地球は安泰である。

 ということで!


 俺とマドカにイセカイガエリをかけて、世界間をつなぐ扉をくぐると……!

 そこは、懐かしい実家の一室だった。


「おかえりー!」


「おかえり翔人!」


「おかえり!」


 この日のために、両親は休みを取って待っていたのだ。

 家族の歓迎の声が響く。


「いらっしゃい、カトリナさん! マドカちゃん!」


「お邪魔しまーす!」


「あぶあー!」


 マドカは不思議なところに来たぞ、という顔をして、きょろきょろ当たりを見回す。

 カトリナが床に下ろすと、絨毯の上に立ち上がり、ぽてぽて歩き出した。

 そして、足の裏がふかふかして気持ちい事に気付いたようだ。


「あー! ふわ、ふわ」


 しゃがみこんで絨毯を指差している。

 むっ、俺に教えようとしているのか? ここ柔らかいって。


「そうだなー。絨毯柔らかいなー」


「んー」

 

 しばらく、絨毯を揉んだり引っ張ったりしているマドカなのだった。

 マドカはいつもの人形を背中にくくりつけたまま、俺の実家をのしのし歩き回る。


 うちの両親がマドカと手をつないだりして、あちこち案内しているようだ。

 部屋を移動する度に、マドカの「あー!」と驚く声が聞こえてくる。

 両親がキャッキャと喜んでいるな。


「そっかー。マドカちゃん、ショートくんの作った村しか知らないもんねえ」


「ああ。ようやく一歳になるところだしな。あっちの世界だと魔力ってのがあってな。これがあるやつが対策なしにこっちの世界に来ると、大変なことになる」


「へえ、大変なことって? この間もショートくん言ってたけど」


「わかりやすく言うと天変地異が起こって、二度とこの世界は元に戻らなくなる」


「ひぇっ、大事じゃん! あ、カトリナさん、これ麦茶ねー。飲んで飲んで。このクッキーね、私が焼いたの。食べてー」


「ありがとー! んんんー!! あまーい! あまーい!」


 カトリナがクッキーをむしゃむしゃむしゃーっと食べ始めている。

 たくさん食べる君が好き。


「それでさ、ショートくんたち、いつまでここにいるの?」


「夕方までだな。初日はあまり遠出するのもなんだし、近所をぶらぶらっとしてから帰ろうかと思ってな。あ、マドカの靴がないか。抱っこするかなあ……」


「靴? 靴と靴下はね、私が赤ちゃんの頃のがあるって。ショートくんのは親戚の子にあげちゃったらしいけど、なんだかんだお母さん物持ちいいから」


「それはありがたいな! ところで、マドカが戻ってこないんだが?」


「あー……。おじいちゃんとおばあちゃんが孫可愛さに、家中連れ回してるから……」


 今も、恐らくは二階辺りからマドカの「うまー!」という叫びが聞こえ、両親が孫の興味を引こうと、わあわあ言っているのが分かる。

 満喫しているなあ……。


「マドカが戻ってくるまでのんびりするか……。テレビ見ていい?」


「いいよー。はい、リモコン」


「サンキュー。四年も電子機器に触れてないと、感覚が分からなくなるな」


 テレビを付けて、茶を飲みながらのんびりする。

 番組を見ているわけではなく、なんとなく垂れ流しているのだ。


 カトリナも、この間地球に来た時、この辺のサプライズは散々されたらしく、今更テレビに驚くこともない。

 ただ、やっぱり番組というのは珍しいらしく、「ほー」とか言いながらじーっと見入っている。


「やっぱりショートの世界は凄いねえ……。何もかも、みんな魔法でできてるみたいなところなんだもん。ミノリさんは魔法が使えないでしょ? なのに、こんな魔法みたいなものを扱えちゃう。これって、みんなが魔法を使える夢みたいな世界ってことじゃない?」


「そうだなあ……。そうとも言えるし、そうでないとも言える」


 科学技術の発達が、魔法みたいなことを現実にしたが、いつの時代にもそれを悪用する者はいるわけだ。

 人間がいる限り、夢みたいな世界にはならないな。

 ちょいちょい悪夢が混じる。これは仕方ない。


「カトリナもリモコン使ってみる?」


「いいの!? えーと、えーと、じゃあこのポチッとしたのを……」


 ボタンを押すカトリナ。

 ボタンがゴム製で柔らかいので、「きゃっ」と驚く。

 可愛い。


 しばらく、ボタンのすべすべした感触を楽しんでいるカトリナ。

 ここらへん、マドカはカトリナによく似てるなあ、と思うのだ。


「押してもいい? 壊れない?」


「カトリナがフルパワーで押せばリモコンが砕けると思う」


「えっ、カトリナさんってそんなに力が強いの!?」


 小柄だがオーガだしな。

 腕力だけならヘビー級ボクサーに匹敵するぞ。


「じゃ、じゃあ、卵を掴むみたいにそーっと……」


 ぽちっとリモコンのボタンを押すカトリナ。

 そうそう。

 こっちの世界はなんだかんだ言って、力を使う作業が少ないんだよな。


 大体それくらいの力加減でどうにかなる。

 果たして、カトリナの操作にもリモコンは快く応えた。


 テレビに映っている番組が切り替わり、またカトリナが「きゃっ」とびっくりする。

 可愛い。

 本当に結婚しておいてよかった……!


「不思議……。これ、箱の中に人がいるんじゃないんだもんね」


「そうだぞ。遠くでやってることや、昔やったことをこの中に送り込んで、写しているだけだ。この概念が理解できるとは……」


「だって、ショートがいつも似たことやってるじゃない」


「あ、コルセンターのことか!」


 なるほど、俺の魔法も、地球で体験したことを再現しようとしているものが多いもんな。

 コルセンターは既に、世界間をまたがるような魔法になっている。

 俺とカトリナの様子を、勇者村に中継することだってできるのだ。


 まあ、今回は俺たち一家水入らずの小旅行みたいなもんだけどな。


「んままー!」


 おっと、マドカが戻ってきた。

 どたどたと足音を立てて廊下を走り、部屋の扉をバンバン叩いている。


 うちの父親が扉を開けたら、猛烈な勢いでやって来て、カトリナの胸に飛び込んだ。


「あーね、あまー、うー」


「まあ、どうしたのマドカ。楽しいものいっぱいあった?」


「とても興奮しているな。これはカトリナに色々教えてあげたい感じなのでは?」


「あ、そうかも! じゃあマドカ、お母さんに色々教えてね?」


「あい!」


 こうして今度は、マドカ、カトリナ、うちの両親で、家の中を歩き回り始めるのだった。


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