第192話 マドカ、ぺちゃくちゃ喋る

 マドカのお喋りレッスンが始まっている。

 先生は、ビンとサーラだ。

 二人の先輩に教えられて、いろいろな言葉を喋ろうとしているようだ。


「おにんぎょたん!」


「おいんぎょあ!」


 サーラが人形を見せたら、マドカはニコニコしながら人形を振り回した。

 危ない。

 カトリナ謹製の鈍器人形である。


 ついに片手で取り回せるようになったか。

 オーガパワーが徐々に覚醒してきたな?


「まおか、おにんぎょさんぐるぐるーしたら、かわいそだよ」


「あっ」


 ビンに言われて、マドカはハッとした。

 なるほど、いけないことだよと言うのではなく、お人形さんがかわいそうという文脈に持っていくのか。

 やるな、ビン。


 多分本心からだろうが。

 ビンは心優しい男だからな。


 マドカは人形を下ろすと、頭をぐりぐりと撫でた。

 パワーがある。


「いこいこ、ねー」


 サーラに言われて、キョトンとするマドカ。

 これを、サーラが何やらぺちゃぺちゃと意味合いを伝授している。

 半年違うだけで、サーラはすっかりお姉さんなのだ。


 マドカの知らない概念的なものを、なんとなく理解しているな。

 これはスーリヤの教育がいい。


 どうやらマドカは、可愛いものをいい子いい子となでなでする概念を理解したようだ。

 凄いな、サーラのプレゼン力。

 ビンが満足そうに、うんうん頷いている。


 あれ?

 うちの赤ちゃん軍団の知的水準すごく高くない?


 この光景を、婦人会の面々が目を細めて微笑みながら見つめている。


「これは将来安泰だねえ。バインも絶対にお世話になるもの」


 パメラが嬉しそうである。

 赤ちゃん軍団が相互に知識を共有し合う関係は、必ずやバインを知力に満ちた男に育て上げてくれることだろう。

 ブルストとパメラの肉体を受け継いだ、フィジカルモンスターになること確定なのに、さらに赤ちゃん軍団からの経験と知識のフィードバック。

 そして大きくなったら魔本や賢者たちからの教育。


 バインは凄い男になりそうである。

 ちょっと楽しみだな。

 今は目をぎゅっと閉じて、パメラのおっぱいにくっついてじっとしているが。


「ああ、この子ね。あたしのおっぱいにくっついているとずっと静かなの。ブルストが抱っこするとすぐ泣くのにねえ」


「ブルストの胸板は鉄板みたいなもんだからなあ。硬いのはいやだろうなあ」


「でもあの人、体温が高いから、ちょっと肌寒い夜とか助かるのよ?」


「のろけてきたな」


 パメラと俺で、わっはっは、と笑う。

 すると静かだったバインが、ふぎゃーっと泣き出した。


 おっと、すまんすまん。

 お前の賢者タイムを邪魔してしまったな……。


「まおか、おさんぽいこ!」


「まお、いこ!」


「いこ!」


 おっと、赤ちゃん軍団の旅立ちだ。

 サーラとビンに両手を引かれたマドカは立ち上がる。

 そして、じっと床に置かれた人形を見た。


 両手がふさがっているなあ。

 ここで登場するカトリナ。


「はい、マドカ。こうすればお人形さんと一緒だねー」


 お人形を紐で背中にくくりつける。

 結構な重量があるはずだが、赤ちゃんにして体幹が出来上がりつつあるマドカはびくともしない。

 満足そうにニコーっと笑って、


「あい!」


 と答えるのだ。


「マドカ、喋り始めてからどんどん色々な反応をしてくるようになったなあ……。なんかこう、今までせき止められてた、用水路の放水口が開いたみたいだな」


「ずーっと私たちの話を聞いたりして、自分の中に溜めてたのかもね!」


「ああ、そういうもんか!」


 赤ちゃん軍団が、わーっと外に駆け出していく。

 赤ちゃんなので、足取りが危ない。

 サーラは一度ならず転びそうになるが、その度にビンが念動魔法でふわりと受け止める。


 紳士!


 ちなみにマドカは転びそうになるのを、膝立ちでこらえて、ぐいっと起き上がる。

 体幹のパワーが凄い。

 何気にお前もフィジカルモンスターなのではないか?


 婦人会と一緒に赤ちゃん軍団を追う。

 俺は最近、よく婦人会と一緒にいるように見えるが、これは分身である。


 本体はクロロックやフック、アキムと一緒に大豆を育てているのだ。

 なので、こちらに遊びに来ていた海乃理が俺を見てびっくりしている。


「あれ!? ショートくん、さっきあっちにいたよね!? なんで?」


「あれは俺の分身だ……」


「残像だ、みたいな感じで言うねえ……。あー、赤ちゃん軍団! かわいいねー」


 海乃理の表情がほころんだ。

 お前も赤ちゃん軍団と呼称するのか。


「こんにちわ!」


「こちわ!」


 ビンとサーラが元気に挨拶をする。

 マドカは二人を交互に見た後で、言葉を真似してみようとしたらしい。


「おーちあ!」


「おおおー!」


 マドカが喋るようになっているので、海乃理が目を見開く。


「ショートくん! カトリナさん、これって!」


「うむ、かなり喋る」


「いつも何か喋るようになったよねえ」


「すごーい! よーし、お姉さんが赤ちゃんたちと遊んであげる! おいでー!」


 海乃理が手を広げて赤ちゃん軍団を迎え入れるポーズをする。

 ちなみに、パワースが当たり前のように海乃理の隣りにいて、微笑みながら海乃理と赤ちゃんが戯れる様を見ている。


 こいつ……!

 赤ちゃんが現実的視野に入ってきたから、なんか人として丸くなったな……!?


 サーラとビンをむぎゅむぎゅっと抱きしめた海乃理。

 最後はマドカを迎え入れようとする。


 マドカは「んま!」と元気に吠えると、ダッシュした。

 倒れ込むような勢いで、背負った人形ごと……!


 ずどーんと音がして、海乃理が押し倒された。


「ウグワーッ!?」


「すげえ。海乃理を倒すほどのパワーか!」


「今はお人形さんもいるし、普段の倍近い重さだもんね」


 自重とそう変わらない人形を背負って、軽快に動くマドカよ!

 大の字になって転がっている海乃理の上で、マドカはご機嫌。


「おーちあ! おーちあ!」


 こんにちは、を繰り返すのだった。


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