第191話 マドカ、ちょっと喋る
最近、村のことにかかりきりだったので、世界がどうなってるか気になってチェックしてみた。
コルセンター経由で報告が来ないということは、平和だったのだろう。
この星には今、魔王がいる。
そんな状況でどうして平和なのか?
西方大陸で、魔王を狩る連中が暴れているからだろう。
ここ、中央大陸まで、魔王アセロリオンが手を伸ばしてくる余裕がないのだ。
素晴らしいことだ。
昨日、ちょっと西方大陸を見に空を飛んでいったら、大陸の形が明らかに変わっていた。
クレーターができて、そこに海水が流れ込み、湾になっていたのだ。
派手なことするなあ。
魔王狩りと魔王が戦う度に、地形が大きく変わっているようだ。
今も、都市の一部で火の手や爆発が起こっている。
あそこで活動しているのだろう。
なんかオービターやエレジアと言った魔王狩りの面々、手段を選ばなそうだったからな。
とりあえず、これだけ西方大陸が大混乱状態になっていれば、俺の仕事が増えることもなさそうだ。
彼らに任せつつ、俺はスローライフに戻るとしよう。
「ショートさん、おかえりなさい!」
カールくんがふわふわ浮かびながら出迎えてくれた。
浮遊魔法フワリをマスターしつつあるようだ。
やはり彼には才能がある。
「ショートさんみたいにとべるように、なるかなあ」
「俺はすごい速度で飛んでいるように見えるだろうが、実は今、君が使っているフワリと、高速移動魔法バビュンの組み合わせを使っているに過ぎないのだ」
「ええーっ!!」
「極めればこの星……つまりこの世界を、四時間ほどで一周できるようになる。宇宙……世界の外側だと、どんどん加速できるからまあ光速に達するな」
「すごい! なんだかわかんないはなしがでてたけど、すごいや!」
カールくんが目をキラキラ輝かせる。
この世界、星とか宇宙とかの概念は、まだまだ賢者や学者たちの間にしか知れ渡っていない。
日常生活にはそこまで必要ない概念だからな。
とりあえず、カールくんは降りる時に、ドシンと一気に落下したので浮遊状態のコントロールを細かく教えておく。
しばらくはフワリを自主練習していてもらおう。
次はバビュンを教え、合わせて使えるようにするのだが、これができるようになれば一気に移動できる範囲が増えるぞ。
具体的には、カールくんの実力でも一日で国と国の間を渡れるようになる。ワールディアでは最速の移動手段に近かろう。
「明日またチェックするので、練習しておいてくれ。あと、図書館に行って勉強もちゃんとするんだぞ。知識量で魔法の使いこなしがぜんぜん変わるから」
「はいっ!」
カールくんがお尻をさすりながら、いいお返事をした。
うむうむ。
俺は満足して食堂に向かう。
ちょうど、おやつの時間なのだ。
赤ちゃん椅子が三つ並んでおり、ビンとサーラとマドカが並んでいる。
おやつが出てくるのを待っているのだ。
今日のおやつは、パンを甘く味付けした卵につけてから焼いたやつ。
フレンチトースト的なものだ。
これ、メイドのポチーナが持ち込んだメニューなのである。
なんという都会のおやつ感……!!
うちの奥様たちも衝撃を受けていた。
「こ、こんなお洒落なおやつが……!!」
カトリナがわなわな震え、ちょっと味見をしてみたら、ぶるぶると震えた。
「おおおいしいいいい」
「ほんと!? パンに卵に丘ヤシで甘味つけたやつでしょ? 絶対美味しいにきまってるじゃん! あーん……あわわわわ、なにこれすごい」
ミーががたがた震える。
スーリヤは落ち着いたもので、ひとくち食べてから、
「甘みだけじゃないのがいいですね。卵も入っていて栄養もありますし、土台がパンだからお腹に溜まりそうです。子どもたちも大喜びですね。うちの人も好きそう……」
これは後で、自分でも作ってみようとするやつだな?
この村の台所は、共同使用の台所しかない。
調理器具などは一箇所に集めて管理したほうが効率がいいし、一度に大勢の分を作ったほうが全体的に労力は少ないのである。
なので、台所は俺の家にだけある。
台所スペースのみが家から半ば外に出ており、ここで婦人会の方々がいつもお料理をしている。
ポチーナはフレンチトーストを次々に作りながら、
「下準備が手間がかかりますです。そこだけやれば、後は焼くだけです! たくさん作ってほしいです!」
と告げた。
奥様方が真面目な表情で頷く。
「これ……鉄板で豪快に焼いて、何か新しい料理になりそうだねえ……」
鉄板焼職人たるパメラ、何か考えているようである。
こんな光景の後、フレンチトーストは赤ちゃん軍団に届けられる。
彼らの他に、勇者村の子どもたちが集まり、この悪魔的美味しさを誇るおやつを食べるわけである。
パクっと食べた子どもたちから、感嘆の声が漏れる。
甘くて美味しくてお腹にたまる。
フレンチトースト。
文化の味である。
子どもたちの反応を見ているだけで楽しい。
そして赤ちゃん軍団はと言うと……。
ビンが無言で、ひたすら食べている。
サーラはニコニコしながら、ちょっと食べては「おいしねー。おいしねー」と言っている。可愛い。
そしてマドカ。
真剣な顔でフレンチトーストに、ガッとスプーンを突き刺し、ぐいーっと持ち上げてむしゃあっと豪快にかじりついた。
一歳そこそこの赤ちゃんで、この動作ができるのはなかなか凄いのではないか。
もっもっもっ、と咀嚼し、ごくんと飲み込む。
真面目だったマドカの顔が、ぱーっと光り輝いた。
「おーしーねー!」
「うおっ!?」
俺は椅子から腰を浮かせる。
今のマドカ、明らかに状況に合わせて言葉を発した!
サーラの言葉を真似したんだろうが、その言葉の意味を理解していたのでは!
「マドカが喋った……! パパやママじゃなかったのは残念だが……」
だが、食べ物関連の言葉が最初の言葉というのは、マドカらしいな。
その後マドカは、フレンチトーストを、「おーしーの」と言うくくりで覚えたようだ。
しばらくの間カトリナは、マドカから「おーしーの! おーしーの!」と催促されることになるのである。
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