第190話 両親来たりて、マドカ歩く

 両親が揃って遊びに来た。

 雨季に入ってから、こっちに来ると関節が痛むとか言って来る頻度が減っていたのだが、来てみたらみたで、関節が痛むということがなかったらしい。

 あれは気圧なんかによるのかもな。


 こっちは南国だから、雨が降ってても低気圧になるかというとそうでもない。


 二人ともやって来たということは、さてはあっちは土日か。


「おおー、マドカちゃーん! じいじだよー」


「ばあばも来たよ! もう、見る度に大きくなるわねえ」


「うまむー」


 早速二人に囲まれて、マドカがきょろきょろしている。

 ちなみにだが、向こうの世界の食べ物は絶対に持ち込まないように厳命しているのだ。

 というのも、味付けが濃く、化学調味料などが発達した地球の食べ物は、こちらの人間にとって麻薬的な力を発揮すると俺は考えているからだ。


 マドカが地球の食べ物を口にするとしたら、きちんと分別がつくようになってからだな。


「んーまっ!」


「ウオー!! マドカちゃんが立った!」


「伝い歩きした!」


 おお、二人とも盛り上がっている。

 赤ちゃんは三日くらい会わないだけで、超進化を遂げる。

 毎回刮目して見なければならんのだ。


 うちの両親がおおはしゃぎして、マドカが歩くのを見守っている。

 ちょっと動くと、歓声を上げる。


「おいやめるんだ。マドカが何かしたらすぐに褒めてもらえると学習してしまうだろう」


「何を言うんだ翔人。俺たちはお前と海乃理をきちんと育てたので、親としての仕事は終わったんだ。じいじとばあばとして、無限に孫を甘やかすぞ」


「そうそう。私たちはマドカちゃんをどれだけ甘やかしてもいいんだものね!」


「やめろー!?」


 暴走する両親である。

 俺は素早くマドカをキャッチすると、運搬していった。


「ああ~」


「マドカちゃーん!」


「家庭菜園の様子を見てきなさい!」


 こうして、両親を菜園に追っ払った。

 まあ、マドカを連れて様子を見に行くんだが。


 こうして二人とも大人しく家庭菜園へ……とはならなかった。


 パメラがバインを連れてやって来たからだ。


「赤ちゃんが増えたんだねえ!」


「男の子? かわいいねー。角が生えてるのはお母さん似かな?」


「この子はねー、ブルストにほら、鼻のところとか似てるでしょ?」


「あー、ブルストさんに似てる気がするね!」


「おやおや? ということはカトリナちゃんの弟さんということに」


 なんとフリーダムな両親だ。


「んむ、む!」


 抱っこしていたマドカがジタバタし始めたので、床に下ろす。

 すると、マドカは自力でちょっと歩こうとして、またすとんと座り込んだ。


「今ちょっとだけ歩きそうだったな」


「むー」


 マドカが唸る。

 歩き出すには、まだ何か足りないようだ。

 うちの子の脚力を考えると、もう間違いなく歩けると思うのだが。


 何も支えなしに歩き出すための一歩目が、きっかけが足りないのだ。

 それは何か。


「なんだろうなあ」


 うーむむむ、と唸る俺。

 んむむむむ、と唸るマドカ。


 二人で唸っていたら、両親にお茶を出したカトリナがやって来た。


「どうしたの、二人でうんうんして」


「マドカが一瞬歩きそうになったんだ。だが座ってしまった」


「あー。そう言えば、もうすぐ歩きそうだもんねえ。そうだなー。マドカが伝い歩きするきっかけと言ったら、サーラでしょ?」


「確かに」


 最近、よく遊びに来るサーラ。

 同年代の女子として、マドカにシンパシーを感じているのかも知れない。


 ここはサーラの助けを借りるとしよう。

 マドカを連れて、カトリナと一緒にアキムとスーリヤの家に行くのである。


「まおー!」


 マドカを連れて行くと、サーラがぱたぱた走ってきて歓声を上げた。


「うままー!」


 マドカも応じて手をバタバタ振る。

 よし、サーラよ。

 今回も奇跡を起こしてくれ……!!


 マドカを床に下ろす。

 すると、その手をサーラが取った。


「まお、いこ!」


「ん!」


 手を引っ張られて、マドカが一瞬考えたようである。

 そして、むむむむっと唸ると、座り込んでいた足が立ち上がり始める。


「おおおお」


「わわわわ」


 手に汗を握る俺とカトリナ。

 その眼前で、マドカが二本の足で立ち上がったのである。


 目の前にはサーラがいて、マドカとしっかり手をつないでいる。


「いこ!」


「ん!」


 マドカが力強く頷いた。

 そして、サーラに引っ張られて、一歩。

 歩いた!!


 伝い歩きではない。

 歩いたのだ。

 サーラに手を引かれてはいるが、壁のようなしっかりとしたものがなくても、マドカが歩く。


「おお……またサーラが奇跡を」


「マドカを導いてくれるお姉さんだねえ」


 赤ちゃん軍団の中で、唯一普通の赤ちゃんであるサーラ。

 だが、人の凄さとは能力ではないのだ。


 サーラは、マドカという凄まじい才能を秘めたうちの子を、しかし一人ではやれなかった伝い歩き、そしてたっちからの歩行へと導いてみせた。

 マドカの人生の先輩として、大きな役割を負ってくれている。


 マドカがよちよち歩くのに合わせて、サーラがゆっくり歩いてくれる。

 村に来たばかりの頃は、サーラがよちよち歩きだった。

 今はしっかりとした足取りだ。


 体格はマドカが一回りくらい大きく、多分赤ちゃんとしては結構でかいのだが、それでもサーラはお姉さんとしてマドカを導くのである!


「マーマー! まお、きたー!」


「マドカちゃんが来たわねえ。あら、歩いたのねマドカちゃん。サーラが引っ張ってあげたの? 偉いわね」


 スーリヤに褒められ、頭を撫でられて、サーラがニコニコした。

 ついでにスーリヤがマドカの頭もナデナデしたので、マドカは状況を理解できずに、


「う?」


 とか言って口を半開きにした。


「あー、よだれよだれ!」


 カトリナがマドカのよだれを拭きにダッシュする。

 ごしごしと口周りを拭かれている様は赤ちゃんだが、すぐに自分の足でどこまでも走っていける、活発な子どもになるのだろう。


 さらば、赤ちゃん期。

 そしてこんにちは、子ども時代。


 ちょっと寂しくもあり、だがその何倍もの喜びが俺の中にある。


「よし、マドカ! 今度はお父さんの方に歩いてきてみるんだ。こっちだぞ、こっち!」


「う?」


 マドカは振り返ると、その勢いでぺたんと尻もちをついた。

 そして手を広げて、「あー」と言いながら笑う。

 いかん、これは俺の抱っこを待つポーズだ!


 どこまでも走っていってしまうようになるには、もうちょっと掛かりそうである。


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