第189話 貴族の奥様、畑仕事チャレンジ

「えっ! わたくしが畑仕事を!?」


 というのが、シャルロッテの第一声だったらしい。

 全くもって、想像もしてなかった提案をされた、という顔だったらしい。


 勇者村婦人会は、全員が畑仕事をしている。

 例え貴族の奥様でも例外ではない。


 大豆畑の手入れのため、シャルロッテが畑デビューする日。

 彼女は、勇者村婦人会が用意した作業着を身に纏って現れた。


 明らかに、まだ状況を理解できていない表情をしている。

 この人、かなり人柄はいいみたいだが、やっぱり貴族のお嬢様だった人なのだ。

 なので、自分が畑仕事をするというのが全くイメージできないでいるらしい。


「大丈夫大丈夫、やれるやれる!」


 カトリナが太鼓判を押している。

 ちなみに今回の畑仕事から、パメラが復帰だ。

 ミノタウロスは安産だというのと、回復力が高いのと、ヒロイナがガッツリ回復魔法を掛けたことで、出産二週間目くらいなのだが完全に全盛期の調子を取り戻している。


「ははうえがさぎょうぎに!!」


 びっくりしたのはカールくんだ。

 いつもドレスを着て、お淑やかにしている母親が作業着で現れたのだ。

 多分、シャルロッテのズボン姿を見るのすら初めてであろう。


「えー、では、大豆の手入れを始めます。見ての通り、大豆にスコールがかからないように雨よけをつけた畑になってますがー」


『我とブルストが作った』


「師匠はきれいに作ろうとしすぎるんですよ。こういうのはちょいちょい凸凹してる方がむしろ機能的なんです」


『そうなのか。奥深い……』


 鍛冶神とブルスト謹製の雨除け。

 この下で、大豆畑に肥料をやったり雑草を抜いたりする。


 肥料をやる段階では、ホロロッホー鳥を投入しないのだ。

 肥料食べちゃうと良くないからね。


「この肥料というものはなんなのですか」


 肥料がたっぷりはいった柄杓を手にして、シャルロッテが首をかしげる。


「これはねー。私たちのうんちにいろいろなものを混ぜて、熟成させたものだよー」


「素晴らしい理解です」


 カトリナの説明を近くで聞いていたクロロックが、嬉しそうに喉をクロクロ鳴らした。

 シャルロッテは愕然として、柄杓の中身を見ている。


「そ、そんなものを畑に撒きますの!? 汚くないんですの!?」


「うーん、大丈夫だよ? ずっとそうしてきたし」


「わたくし、理解できません……!!」


「では理解してもらいましょう」


 おっ、クロロックが本気モードだ!!

 カエルの人が妙な迫力を出してきたので、たじたじになるシャルロッテ。


「な……なんですの……!?」


「肥料についてご説明しましょう。あなたが普段口にしている作物も、肉にする家畜が食べる飼料も、全て土から生まれているのです。では、どうして土から、おいしい食べ物が生まれるのでしょうか?」


「ええ……? 神様が、そう作られたからではありませんの?」


「違います。この点に関しては、基本的に神様はノータッチです。彼らは完成した作物や生育状況に介入はできますが、ゼロから植物を生み出すことはできません」


 えっ、豊穣神が植物とか作ったんじゃなかったのか!!

 クロロックから衝撃的発言が出た!

 近くでヒロイナも愕然としている。


「土には、植物を育てる栄養素が含まれているのです。これを使って植物は大きくなり、ワタシたちが食べる作物となるのです。では、栄養を使うだけ使ったら、土の中はどうなるでしょうか」


「ええ……。使ったら、なくなってしまいますよね」


「その通りです! では栄養が無くなった土で作物が作れると思いますか?」


 ハッとするシャルロッテ。


「作れません……! それはつまり、肥料は、土に栄養を足してあげるものなのですね……!!」


「その通りです! それに肥料は熟成させて、体に悪い成分をなくしてあります。虫とか、毒とか、そういうものは熟成すると消えていくのです。そして栄養だけが残る。これを使うと、痩せた土地にも栄養が与えられるのですよ! そしてワタシたちが美味しく食べられる作物が実るのです」


「し……知りませんでした……。世の中の食べ物が、そうやってできているだなんて……」


 ショックと同時に、ちょっと感動しているらしいシャルロッテ。

 貴族のお嬢様でいる間は、知る必要が無いもんな。

 食べ物は下々の者が作って、運んできてくれて、料理までしてくれる。


 シャルロッテは最近では、婦人会でお料理も習っているらしい。

 彼女なりに、勇者村に馴染んでいこうと頑張っているのだ。


「ようし、わたくし、何もかも理解しました!! 頑張って肥料を撒きますね!!」


「その意気です!」


「いいよいいよー!」


 クロロックとカトリナに応援され、鼻息も荒く柄杓を構えるシャルロッテ。


「えいやあー!」


 裂帛の気合とともに、畑に肥料を撒いた。

 あまりパワーが無い人なので、そこまで遠くに飛ばない。

 ポトポトっと落ちた。

 

「あう……一箇所に固まってしまいました」


「それはこうすればよろしい」


 クロロックが農具を持ってきて、肥料を土にサッサッと混ぜ込む。

 巧みな腕前だ。


「肥料は土の上に乗りました。それでいいのです。後は必要なところに混ぜていけばいい。その意気です」


「はい……!」


 シャルロッテがクロロックに尊敬の目を向けている!

 カエルの人は凄いな……!!

 何せ、ぶれないからな。専門分野をひたすら追求する男なのだ。


『大した男だな……!! 恐らく豊穣神よりも畑仕事に詳しいぞ』


「ああ。あいつは俺も認めてますからね」


 鍛冶神とブルストの間でもクロロックの評価が高い。


 かくして、シャルロッテ奥様は腕がパンパンになるまで、肥料を撒いて回った。

 汗だくになっていたが、その表情は今まで見た中で一番明るいものだった。


 体を動かして何かを成し遂げると、めちゃくちゃ気持ちがいいからな。

 翌日のカールくんから、


「ははうえが、あんなにたくさんごはんをたべたの、はじめてみました!!」


 と報告を受けたのだった。


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