第188話 その名はバインちゃん

 ブルストの息子は、バインと名付けられた。

 ブルストといいバインといい、食卓を飾るドイツ料理みたいな名前だな、よく考えてみたら。


 バインの角は、オーガにしては大きめで、頭の横についている。

 ミノタウロスタイプだな。

 どんなお子さんになるのか今から楽しみである。


 毎日元気に泣いては、パメラのおっぱいを欲しがっている。

 赤ちゃんらしい赤ちゃんと言えよう。


 マドカはあまり泣かずに、「ウー」って呻いてる感じだったからな。


「わーう!」


 マドカがバインを指差して何か言っている。


「そうだなー。年下の叔父さんだな」


「まむー?」


「ちょっと特殊な概念だから、マドカにはまだ難しいなあ」


「うー」


 マドカは、自分よりもちっちゃい赤ちゃんというものに興味津々である。

 バインは鍛冶神が誕生のプレゼントに作ったという、持ち運びできる木製の箱に収められている。ベビーベッドというやつだな。

 中には藁を詰め込んだ布団が入っており、その上でバインがじっとしている。


「あー」


「そうだなあ、ちっちゃいなあ」


「うー」


 マドカが手を伸ばして、バインの小さい手のひらをつっついた。

 ピクッとバインが動く。

 生まれてそんなに経ってないから、バインはまだ色々とわからんのだろうな。


 そうそう、赤ちゃんってのはこういうものだ。

 生まれる前から自律意識がそこそこあって、美味しいものを食べたくて自ら協力して生まれてくるとかはしない。


 やはりマドカは特別だな!

 バインも可愛いが。


「おー」


 マドカはベビーベッドに身を乗り出して、バインをじーっと見ている。

 すっと手を伸ばして、バインの顔をぺちゃっと触った。


「ふぎゃあー」


 いかん、バインが泣き出した。


「おやおや、どうしたんだい?」


 体調がかなり回復したパメラが、ぱたぱたとやって来た。

 バインを抱き上げて、よしよしする。

 パメラは体も大きいし、胸も出産の影響でいつも以上に大きいので、柔らかいものに包まれたバインが、すぐに泣き止んだ。


 圧倒的包容力だなあれは。

 マドカは、バインが泣いたのでびっくりしたようで、手のひらをにぎにぎしながら俺に振り返った。


「わはは、びっくりしたなあ」


「ま」


「いきなりお顔にぺちゃっと触ったらだめだぞ。バインもびっくりしたからな」


「んまう」


 なんか理解したっぽい。

 マドカももうお姉さんというわけだからな。

 今までみたいに、好き放題やってはいられなくなるぞ。


 雨季というのは虫が増える。

 俺たちは平気だが、無抵抗な赤ちゃんは大変である。

 ということで、普段は赤ちゃん用の蚊帳をかけておく。


 マドカは赤ちゃんの頃から、虫を握りつぶすほどのわんぱくぶりであった。

 だが、普通はそうならないのだ。


 ビンも赤ちゃんの頃、近寄った虫が原因不明の死に方をしていたらしいからな。

 あれは念動魔法が漏れていたのだな。

 ちょっとしたホラーだな。


「あかちゃん!!」


 噂をしたらビンがやってきた。

 ばたばたばたーっと走ってきて、「まろか、おはよー!」とマドカに挨拶。


「あおー!」


 マドカも真似して、それっぽいことを言う。

 これは今、おはよーって言おうとしたな?

 喋りだすのももうすぐだ。


 ビンはパメラの足元まで来て、ぴょんぴょん跳ねる。


「あかちゃん! あかちゃんみして!」


「はいはい。ほらバイン、ビンお兄ちゃんだよー」


 バインはまだまだちっちゃいし、目も閉じている。

 だが俺は知っている。

 あれは赤ちゃんが明るさに慣れるまで、眩しくて目を閉じているのだということを。


 赤ちゃん、生まれた段階から普通に目は見えているそうだからな。


「ちっちゃい! まろかよりちっちゃい!」


「うー!」


 マドカが比較されて、抗議の声をあげた。

 何やらビンに直接申し立てをしたいらしいので、俺は娘を床の上に解放した。


 猛烈なハイハイで、ビンに近づき、彼のお尻をぺちっと叩くマドカ。

 セクハラである。


「あいた! まろか、ろしたのー」


 しゃがんで目線を合わせるビン。

 この貫禄よ。すっかりお兄ちゃんだな。


「んまお!!」


 マドカは鼻息も荒く、何やら抗議している。

 あれはなんとなく感覚で、自分がちっちゃいと言われた事を理解したんだな。


「マドカはな、ちっちゃいと言われるのが好きではないようだ。まあ、もう結構でかいからな。スーリヤんところのサーラよりでかいだろ」


「れっかいねー」


 ビンもうんうんと頷いた。


「まろかはれっかい!」


「んま!!」


 マドカが満足気に頷いた。

 でかいと言われて喜ぶ女子。


 マドカの中で、自分なりの評価基準があるようだな。

 オーガの血も継いでいるし、確実にカトリナよりは大きくなるだろうしな。


 そうこうしていると、バインのおっぱいタイムが始まった。

 ひゃー、でかいなあ、パメラのおっぱい。


 俺はポカーンと口を開けてそれを見ていたら、カトリナがシュババババッと走ってきて脇腹を小突いた。


「ウグワーッ!?」


「ショート! じーっと見るものじゃないよ! ご飯食べてるところ見られてたらバインちゃんもおっぱい飲みづらいでしょ!」


「そっちの指摘かあ」


 俺はマドカとビンを両脇に抱えて、移動した。

 二人とも、キャッキャと喜んでいる。

 そして遠巻きに、おっぱいを飲んでいるバインを見る。


 なかなかの飲みっぷりだ。

 あれはでかくなるぞ。

 ブルストとパメラどっちもでかいから、バインも将来は2mくらいにはなるな。


「おはようございます。バインちゃんは元気ですか?」


「ぱいんたん!」


 スーリヤとサーラもやって来た。

 勇者村の赤ちゃん勢揃いである。

 サーラの後ろにはアリたろうもいる。


 サーラはアリたろうの爪を握って、彼を二足歩行させているので、きっと本人的には手をつないでいる感覚なのだろう。


「もが!」


「バインちゃんは今おっぱい飲んでるよー。そう言えば、マドカはもうすぐおっぱい卒業だねえ」


「んうー」


 いきなり話を振られて、マドカがくりっと振り返った。

 そうかあ。

 もうそんな時期かあ。

 マドカが生まれてから、もう一年が経とうとしているのだ。


 時が流れるのは長いようで短い。

 最近はマドカも、つかまり立ちから歩く自主トレーニングをしてるみたいなので、すぐに圧倒的機動力を発揮するようになるだろう。


 まだしばらく赤ちゃんだとは言え、それもあっという間に過ぎてしまうのだろうなあ。

 楽しみなような、寂しいような。


「ねえショート」


「なんだねカトリナさん」


「赤ちゃん見てると……また一人欲しくなるねー」


「うむ。マドカがもうちょっと大きくなったらね……!」


 なんとなく、俺と同じ気持ちらしいカトリナ。

 勇者村の家族計画は、こうしてちょっとずつ進んでいくのである。

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