第185話 肥溜め作業所のメイドさん

 雨季は、畑仕事が減る。

 雨が降っていると畑に出られないため、どうしても仕事ができない日が増えるのだ。


 そう言う時は、俺は肥料作りを手伝ったり、おらが村の家畜の餌をせっせと作ったりするのである。

 ヤギたちは順調にでかくなっており、もうそろそろ、どっちが親でどっちが子どもか分からなくなりそうだ。

 中でもガラドンはおかしいくらいでかい。


 あれ、うちの村にヘラジカの子どもがいたのかな……? と思うくらいだ。

 四天王最大となることは間違いないだろう。


 まあ、気性は穏やかで、村の子どもたちを背中に乗せて遊んだりしているのだが。


 さて、今日は何をしよう。

 そうだ、肥料の手伝いに行くか。

 ずっと離れていると、勘が鈍るからな。


 肥溜めに向かうと、ほとんどにおいはしない。

 ちょうどいい感じで熟成された肥からは、悪臭がなくなるのだ。


 ニーゲルが毎日、コツコツ仕事を続けてくれているおかげだ。

 クロロックが細かいところをチェックに来て、改善できそうなところを教えたりしているらしい。


 今日のクロロックは、大豆がいよいよ大きくなってきたので、水のバランスを考えるとか言ってたから畑か……。

 ではニーゲルが一人だな。


「おーい、ニーゲルー」


「あ、ショートさん!」


 肥溜めを棒で掻き混ぜていたニーゲルが手を振った。

 そこで俺は、彼が一人ではないことに気づく。


 そこにいたのは、カトリナ謹製の作業服を身にまとった、犬耳犬の鼻のお嬢さんだった。


「あれっ、ポチーナ!?」


「わんっ、あ、はい、私です」


 カイゼルバーン家のメイドさんが、どうして物珍しそうに肥溜めの作業を見ていたのだろうか。

 犬の獣人だし、鼻が利くから臭くはないのかな?

 それを聞いてみると、彼女はふんふんと鼻を動かして頷いた。


「私も最初はそう思いました。奥様とお坊ちゃまが危なくないように、村の中を見回りしていたのです。そうしたら、肥溜めなるものがあるそうではないですか。私の生まれ育ったワンワン村では、肥溜めで肥料を作る当番が決まっていました。私も子供の頃に、近所の子たちと臭い臭いって言いながらやったものです。途中から臭いがなくなって不思議なのです。そうしたら、ここからも、臭いがなくなった肥料の臭いがするじゃないですか」


「ほうほう、郷愁を感じて覗きに来たわけだ」


「そうですそうです。この人は腕がいいです」


 作業服のお尻から出た尻尾をふりふりしながら、ポチーナがニーゲルを指差している。

 ほう、まさかカイゼルバーン家のメイドさんが、肥料に一家言ある人だったとは。


「奥様とオットー様から、昼間は好きにしてていいと言われていますので、こうして毎日覗きに来ているのです。そうしたら、カエルの方がやって来て、この人のお手伝いをしてもいいですよ、と言ったのです」


「クロロックが許可したなら問題ないな。あんたは腕を認められたわけだ」


「そうなのですかー」


 思った以上によく喋るポチーナである。

 ワン族はイヌ科の獣人なので、嗅覚による判断を主とする。

 臭いはずの肥溜めを、臭くなくなるほどきっちり熟成させ、管理するということは高評価なのだろう。


 ニーゲルはちょっと戸惑っている風である。


「あれだな。こうも真正面から高評価をぶつけられるの初めてで困ってるだろう」


「うっす」


「気持ちは分かる。だが、こういうのは素直に受け取っておいていいぞ。変にひねくれる必要はないからな。お前からも、ポチーナに仕事を色々教えてやればいい」


「おれ、口で説明するの下手っす」


「なら、やり方で見せればいい。いつも以上に丁寧にやって、同じ動きをしてもらえばいい」


「うっす!」


 ニーゲルの表情が明るくなった。

 行動指針がはっきりしたからだろう。


「おれがやるっす。見てて、真似するっす」


「はいです!」


 ポチーナの尻尾がぴこぴこ動いた。


「俺もやってもいい?」


「うっす」


「はいです!」


 返事が二つ返ってきた。

 ポチーナは掻き混ぜ棒を手にして、大張り切りである。


「村から都会に出る時はっ、大出世だーってっ、村のみんなでっ、喜んだんですけどっ、メイドのお仕事ってっ、難しくってっ」


 力を入れて掻き混ぜながら話すので、語尾にパワーが籠もっている。


「いろいろ叱られてっ、そしたら奥様がなぐさめてくれてっ、だから私っ、奥様と坊ちゃまと一緒にきたんですっ」


「そうかー、大変だったんだなあ」


「勇者様なんで涼しい顔して掻き混ぜられるです!?」


「パワーが違うからな。だが、肥料づくりに必要なのはパワーだけではなく、繊細な棒捌きなのだ。見よ、ニーゲルの熟練の腕を」


 この一年あまり、毎日欠かさず続けてきた肥料つくりの腕前だ。

 たった一年だろうが、それだけを徹底的にやれば、職人と呼べるほどの腕前になる。


 特にニーゲルという男には雑念がない。

 神経の全てが、肥溜めをいかに素晴らしい肥料に育てるかに注がれている。


 そして勇者村の収穫は、肥料の出来に掛かっているのだ。

 この男の負っている責任は重大。


 だが、ニーゲルはこの仕事をバッチリ果たし続けてきた。

 だからこそ、勇者村初の田んぼは大成功したのである。


 クロロックは多忙すぎて、肥溜めだけに関わっていられないからな。

 彼をスカウトしてきて本当に良かった。


 ニーゲルは、ポチーナがふんふんと鼻息も荒くかき混ぜるのをじーっと見てから、次に自分が模範演技をするような形で指導している。

 口下手で、言葉は出てこないが、仕事をするてつきはいつもよりもゆっくりとやって見せているようだ。

 なるほど、分かりやすい。


 丁寧に、と俺は言ったが、この男が手抜きをするはずなど無かったのだ。

 いつもの動きをゆっくりするだけで、丁寧な動作の全てが分かるようになる。


 うーむ、達人……。

 クロロックに言わせると、まだまだらしいが……。


 そもそもあのカエル、農業関連について、どこまで高みにいるんだ……。

 農作業が分かれば分かるほど、カエルの人の凄さが理解できるようになってくるぞ。


 俺は存分に仕事をして、満足して肥溜めを後にした。

 ニーゲルとポチーナで、ほどよいところまで仕事はするのだろう。


 なんとなく、いつもはストイックな仕事場である肥溜めが、今は楽しげな空気が漂っているように見えた。


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