第183話 マドカ、伝い歩きをする

 カールくんにアイテムボクースを伝授した。

 これは平行世界を切り取って、自分用のロッカーを作るみたいな魔法なので、アイテムボックスとは根本から違うのである。


 ちなみに俺のオリジナル魔法を使えるようになると、他の魔法体系がほぼ使えなくなるという副作用がある。

 これについてはカールくんに説明したが、彼は頬を真っ赤にして、


「ショートさんのまほうがつかいたいです!!」


 と主張するので俺の魔法を教えることにしたのだ。


「すごいすごい、なんでもはいる!」


 カールくんが驚きながら、アイテムボクースに物を詰め込んでいる。

 見たところ、彼のアイテムボクースの容量は東京ドーム一個分くらいか……。

 小さめだな(俺基準)。それでも一つの町の住民をまるごと入れて持ち運べるだろう。


 初めてでこれなら、かなり上出来かも知れない。

 我が身を守る必要がでてくるかもしれないから、護身用の魔法も教えておく。


「カールくんは完全に俺の魔法体系に最適化されたので、他の魔法は使えなくなる。だが、俺のオリジナル魔法を使いやすくなるはずだ。分かりやすい護身用魔法としてだな、全身に電流化した魔力を纏わせて突撃する、電気人間魔法ビリビリトッカン(俺命名)というのがある。こいつを教える」


「はい!」


「僕の全く知らない魔法体系があるなんて……」


「うん。司祭様も、ショートさんの魔法は意味がわからないって言ってた」


 呆然としながら、この光景を見つめるフォスとリタ。

 俺の魔法に、単純な炎を飛ばすだけとか、氷を飛ばすだけというものはない。

 攻撃魔法なら、常に攻防一体。


 最前線で俺が戦線を支えるのだから、隙を作るわけにはいかないのだ。

 ビリビリトッカンは極めれば、俺のように魔将クラスを倒せるようになる。

 術者の実力アップに伴って火力がバカ上がりしていく初級魔法なのだ。


 カールくんが顔を真赤にして踏ん張り、全身に静電気くらいのビリビリを纏えるようになった。

 おお、上出来上出来。

 才能がある。


 彼を褒めると、カールくんは実に嬉しそうに照れ笑いする。

 俺にもついに弟子ができたなあ、としみじみ実感するのだった。


 そんな時である。


「キャーッ」


 赤ちゃんと奥様軍団がいる部屋から、黄色い声が上がった。


「なんだなんだ」


 俺がビューっと走って、開け放たれている部屋の中を覗くと……。


「んま!」


 足元で、マドカが扉に掴まって俺を見上げていた。

 そして……。

 俺の足に向かって、よたよたと、扉を支えにしながら歩くではないか。


「う、うわーっ!! うわーっ!! うわーっ!! うわーっ!!」


 俺は衝撃に打ち震えた。


 伝い歩きを!!

 マドカが、歩いた!

 歩いた歩いた、マドカが歩いた!!


「ウォー!!」


 もはや人の言葉を忘れ、雄叫びを上げながらマドカを抱き上げた。


「ショートー! ちょっと、だめー! せっかくマドカが歩いたんだからー!」


 カトリナが走ってきて、俺からマドカを回収する。

 そして、また壁面に解き放った。


 普段のマドカであれば、ぺたんと座ってニコニコしながら抱っこを待つところであろう。

 だが、彼女は今、自分の持つ可能性に気付いたのだ!


 尻もち状態から、壁をペタペタ触りながら、「むむむむむ」と唸り声をあげる。

 うんちをするのではない。

 立ち上がるために踏ん張ったのだ。


 マドカの体が持ち上がる。

 そして、二本の足が大地を踏みしめ、壁を伝いながら、動き出す……!!


「うおーっ!! うおーっ!! うおーっ!!」


「キャーっ!! キャーっ!! キャーっ!!」


 俺とカトリナで、娘の劇的な成長に歓声をあげる。

 二人で感動しながら、わーっと拍手をするのである。


 マドカが俺たちをドヤ顔で見た。

 自分の伝い歩きで、両親が狂喜乱舞していることをよく理解しているな……!

 我が娘ながら恐ろしい子!


 そうしたら、ビンとサーラが二人でトテトテ走ってきて、マドカの横についた。


「まおかあうけたねー。すおいねー!」


「しゅおい!!」


 サーラも、ビンの言葉を真似してマドカを褒める。

 マドカは目をくりくりっと動かした後、ニコニコした。

 麗しき赤ちゃん軍団の友情である。


「マドカちゃんねー。たくさん食べて寝て、どんどん大きくなってたからねえ。もう、歩くのは時間の問題だったよね」


「そうですね。歩き出すのは子どもたちみんな、自分のペースがありますから。うちの三人の子ども、みんな違いますからね。ルアブなんて、二歳になるまで歩かなかったですし」


「ほー」


「ほへー」


 俺とカトリナで、先輩奥様の含蓄ある言葉にふんふんと頷くのである。

 マドカの歩き出すのは、割と平均くらいの早さらしい。


 あれだけ飲み食いして、寝て、たくさんうんちして、アカシックレコードに接続しつつ魔法を行使したりして、それで伝い歩きのペースは平均的。

 なるほど、赤ちゃんごとに個性があるのだ。


 案外、赤ちゃんは自分で「そろそろ歩けるかなー」と納得してから伝い歩きを始めるのかも知れないな。


「カトリナ、マドカはどうして突然歩き出したんだ?」


「あのね、ベッドの先に、サーラちゃんがお菓子を転がしちゃってね。マドカ、それを取りに行こうとしてベッドに掴まって、うーんって力を入れて立ち上がって、それから!」


「食べ物が絡んだか!!」


 大変、うちの子らしいきっかけだ。

 食べ物を効率的に取りに行くために、マドカは進化したのだ!


「まおかとおさんぽ、れきるねー」


「んまー」


「れきうねー」


 赤ちゃん軍団も微笑ましい。

 頼れる兄貴分のビンと、姉貴分のサーラがいたことは、マドカにとって幸いだったな!

 俺が感慨にふけっていると、カールくんがおずおずと俺に声をかけてきた。


「あ、あのー、ショートさん、まほうをみてもらいたいですけど」


「あっ、そうだった!」


 我が娘のメモリアルシーンは目に焼き付けた。

 次は我が弟子の相手をせねばな。


 俺は魔法教室に戻っていくのだった。


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