第178話 何やら貴族がやって来た

「ぱっぷー」


 マドカが赤ちゃん語を発しながら、お人形さんを振り回している。


「ありゃ武器か」


「マドカ流のかわいがり方をしてるみたい」


「ハードな愛だなあ」


 だが、うちの子がお人形さん遊びにハマったのはなかなか良かった。

 一人遊びをする機会が増えて、俺とカトリナにも暇ができたのだ。


 いかに超絶的な力を持つ赤ちゃんと言えど、赤ちゃんは赤ちゃん。

 何かと心配だからな。


「ぷぷぷぷー」


 今度は抱きしめている。

 しかもあまり聞かない発音をしてるな。


「あれはもしや、マドカが人形に名前をつけているのでは」


「えっ、まだお話もできないのに名前を!?」


 赤ちゃんだってそれくらいはできらあ! ということかも知れない。

 我らの娘はもりもり成長しているぞ。

 最近抱っこしてて明らかに重みが増してきてるし。


 もう明らかにサーラよりでかい。

 これはオーガの血が混じっているという種族的なものよりも、日々めっちゃくちゃもりもり食って、ものすごくよく寝て、たくさんうんこを出しているからではあるまいか。


「どこまで大きくなるだろうなあ」


「すぐに私の身長越されそう……!」


 そんな話をしていたら、フックがビンを連れてやって来た。


「ショートさん! なんか、村に近いところに家が建つらしいっすよ」


「なんだって」


 そんな話は聞いていない。

 まあ、この辺りなんて誰の土地でもない。

 あえて言えばハジメーノ王国の土地だが、王国が開拓を諦めたくらいにはど田舎だからな。


 こんな田舎に家を建てようなんて言うのは、どういう物好きだろうか。

 俺は見に行ってみることにした。


「マドカも行くかい?」


 うちの子にも聞いてみると、きょとんとして目をくりくりさせている。

 かーわいい。

 しかしこれは、俺の呼びかけについて判断していないということではない。


 マドカはお人形さんを片手にわしっと掴んだまま、のしのしとハイハイして来た。


「これは一緒に行くということだな」


「マドカは好奇心強いからねえ」


 そんなわけで、俺とカトリナとマドカ。フックとミーとビンの六名で、新しく建つという家を見に行くことにした。

 三十分ほど歩くと、家が建つ予定地が見えてくる。


 大工らしき連中が、わいわい言いながら土台を作っているところだった。


「ほう、こりゃあでかいな」


「ちょーと! おうち?」


「そうだぞー」


「ビンー、そういうのは俺に聞いてもいいんだぞ!」


「そうらねー! パパはねーいっぱいごほんよんでるもんねー」


 フックが父親としての威厳を見せようと必死だな……!

 息子が規格外の超人だからな。

 だが、無理しなくてもいいぞ、ビンはお前を尊敬してるぞってことを今度お話してやらんとな。


 俺がそんな事を考えていたら、向こうから誰かやって来る。

 ちっちゃい男のガキンチョだ。

 後ろにメイドさんらしき人を連れている。


「おい! おまえらなんだ! ここはぼくのうちだ!」


「偉そうなガキンチョが出てきたな」


 俺が思ったことをそのまま口にすると、ガキンチョは真っ赤になって怒った。


「ムキー!! なんだと! おまえ! ぼくをなんだとおもってるんだ! ぼくはな! カイゼルバーンはくしゃくのこどもなんだぞ!!」


「すげえ強そうな名前の伯爵だ!!」


 名前がかっこよかったので驚く俺。

 フックとミーは、貴族の息子が相手ということで、ちょっと腰が引けている。


 だが、ここで引き下がらないのは正義の男、ビンである。


「らめらよ!!」


 一歩前に進み出て、カイゼルバーン伯爵のガキンチョを指差す。


「ひとのこと、おまえらってゆったら、らめらよ! おぎょうぎわるいよ!」


「な、な、なんだとーっ!? おまえ、ぼくがきぞくのこどもだとわかってるのか! へいみんのこどもめー!」


 神の子みたいなもんだぞ。


「こうしてやる! えい!」


 ガキンチョはビンを突き飛ばした。

 ガキンチョは恐らく六歳くらい。

 ビンはもうすぐ二歳というくらいである。


 体格と力の差は歴然。 

 だが、ビンは超人的お子様なのだ。


 突き飛ばされたが、ふわりと後方に浮くビン。


「らめらよ。どんってやるの、らめ」


 優しく語りかけるビン。

 相手を弱きものだと悟ったな……。

 王者の風格である。


「ひっ、ひぃ、浮いてる……!」


 腰を抜かすガキンチョ。

 何やら騒ぎが起きていることに気付いたらしく、家の方から偉そうなのが走ってきた。

 あれが伯爵かな?


 そいつは俺たちを見て、腰を抜かしたガキンチョを見て、眉を吊り上げた。


「な、なんということを! こちらの方は、カイゼルバーン伯爵の長男、カール坊ちゃまですぞ!」


 名前までかっこいいな!!

 あと、この偉そうな男はあれだ。執事みたいなやつだな。

 そして……執事は俺の顔をふと見て、表情が無になった。


 あれ?

 こいつ、見たことある気がする。

 勇者という仕事の都合上、各地の領主全員と面識があるんだが、そのうちの誰かの家にいたな。


 執事の表情が、無から驚愕に変わる。


「へへーん、みたか! ぼくはえらいんだ! あ、あやまれ! そらをとんでてなまいきだぞ!」


「カール坊ちゃま!! 謝りましょう!!」


「えっ!?」


 いきなり手のひらを帰されて、カールくんが驚愕する。


「な、なんでだオットー!」


「こちらの方は、旦那様よりも偉いです!! いや、事によってはハジメーノ王国の女王陛下よりも上です!!」


「えっ!?」


「ゆ、ゆ、勇者ショート様です……!!」


「ええーっ!!」


 カールくんが文字通り飛び上がった。


「ぼ、ぼ、ぼくがあこがれていたゆうしゃさまが、このひと!? じゃあこのそらとんでるのは、ゆうしゃさまのこども……」


「ではない」


「なーんだ」


「俺の子どもはこっちね」


 マドカを指し示す。


「んまむ!」


 マドカがお人形さんを振り回した。


「だが、ビンは俺にとって子どもも同然。突き飛ばした罪は重いぞう」


 俺はちょっと怖い顔をしてみせた。

 すると、カールくんと執事のオットー、そしてメイドさんが真っ青になり、へなへなと腰砕けになってしまった。

 いかん、薬が効きすぎたか。


 しかし、カイゼルバーン伯爵の長男なんかが、どうしてこんな田舎に引っ越してきたんだ。

 執事とメイド一人しかいないとか。


 何か事情がありそうである。


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