第179話 貴族はつらいよ
「ほう、妾腹の長男? 正妻にも男児が生まれてそっちが家督を継ぐので、継承権争いにならないように遠くに永遠に追い出された?」
「ショ、ショート様……こう、もっと手心というか……」
執事のオットーが、俺の要約に汗だらだらになりながら一言物申す。
俺をめちゃくちゃ恐れてるだろうに、なかなかの勇気である。
「で、そのママさんは?」
「はい。調子を崩してあちらの馬車の中でずっとぐったりしておられます」
「ははあ、都会から転落して一気に田舎に来たんだ。気分的にはそうなっちまうのは分かるな。だが、世の中というものは都会で栄達するだけが良いのではない。そいつを俺が教えてやろう……。俺は今や、スローライフアンバサダー・ショートだからな」
俺はにっこりとアルカイックスマイルを浮かべた。
「田舎暮らしは楽しいよー!」
「うんうん」
カトリナがアピールし、フックとミーが同意する。
農作業は大変だが、みんなで楽しく毎日を暮らしているのだ。
生活に必要な労働しかないから、自分が今何をやっているかがよく分かる。
納得できる労働だけがそこにあるし、大体午前中で仕事が終わって午後はまったりモードになる。
三食しっかり食べておやつもついて、夜はぐっすり。
素晴らしい生活だ。
「ううう……。ぼくはもうおしまいなんだ……。ははうえはしょんぼりして、いまにもしんじゃいそうだし」
「それはいかんな」
由々しき問題である。
「田舎暮らしは素晴らしい。少なくとも俺はそういうふうに勇者村を作り上げた。カールくん!!」
「はっ、はいっ!!」
カールくんはぴょんっと直立した。
本当に俺を尊敬しているらしい。
この世代の子どもは、生まれた頃から世界が魔王大戦の只中で、人類は敗色濃厚な撤退戦を余儀なくされていたわけだ。
絶望の気配が世界を覆う中、現れた俺が次々に魔王軍との戦線を押し上げていった。
人間の中に潜む魔将をタイムアタックくらいの速度で炙り出し、次々に粉砕したのだ。
これには魔王軍も大いに焦り、標的を俺一人に定めて強力な刺客を送り込んできた。
これをガンガン撃破したので、レベルアップが容易だった。
ありがたかった。
俺としては、レベルアップしながら魔王軍を根絶やしにすることに血道を上げるのがもう、意地みたいなものだったのだが、どうやらこれは人間側からすると……。
偉大なる勇者がたった一人で大戦の戦況を変え、全ての人類に希望をもたらし、ついには実態すら明らかではなかった魔王を陽の下に引きずり出し、真正面から打ち倒した……ということになるらしい。
ひええ、冷静に見てると英雄以外の何物でもないじゃないですかあ。
これは尊敬される。
仕方ない。
なので、俺はカールくんの前では尊敬できる勇者として振る舞うのだ。
「カールくん、君の母上を連れてくるのだ。我が勇者村に案内しよう」
「ほ、ほんとうですか!!」
カールくんは頬を真っ赤にして、目をキラキラさせて声を大きくする。
「やったあーっ!! ははうえ! ははうえーっ!!」
「おお……カール坊ちゃまがあんなに元気に……!! ずっとふさぎ込んでいらっしゃったのに……ありがとうございます勇者様……!」
「オットーさん、俺は今や、勇者ではなく勇者村村長なのだよ……」
「村長様……!」
「うむ」
俺は重々しくうなずいた。
後ろにいるメイドさんも、目をキラキラさせてこっちを見て……。
「あれ? そこのメイドさん、なんかお鼻が犬っぽくない? メイドさん帽子の脇から犬みたいな耳が出てるんだけど」
「ああ、はい。こちらはワン族のポチーナです」
「ワン族!!」
後で聞いた話だが、獣人族最大の勢力を誇る三種類は、げっ歯類のゼロ族、イヌ科のワン族、ネコ科のニャー族らしい。
ゼロ、ワン、ニャーで0・1・2かあ……。
「ここで家を作ると危ないっすよー! すげえイノシシとかジャバウォックが出るから!!」
向こうでフックが大工さんたちに叫んでいる。
ジャバウォックと聞いて、大工たちがどよめいている。
そうだろうそうだろう。
下手に家を作ると破壊されるぞ。
ここ、王国が開拓を諦めたのはそれなりに理由があるんだからな。
あ、つまりこんなとこに妾腹の息子を追い出したってことは、あれか。
あわよくば死ね、ってことか。
カイゼルバーン伯爵め、ひどいことをしやがるぜ。
カールくんは俺が預かり、強く育ててやろう。
見た感じ、どうやらあの子は魔法の才能があるからな。
しばらくすると、カールくんのお母さんがパタパタと早足でやって来た。
顔色は青くて、心労からかげっそりしているが、上品な美人さんだ。
「は、はじめまして勇者様……! わたくし、カイゼルバーン伯爵第二夫人のシャルロッテと申しま……あー」
あー、よろけた。
トテトテっと駆け寄ったカトリナが、片手で彼女を支える。
オーガパワー!
「かしこまらなくていい。うちの村に案内しよう。そこなら、カールくんも存分に楽しく生活できるからな。ああ、そこの建てかけの家は俺が運んでいくぞ」
「運ぶ……?」
カイゼルバーン家の一同と、大工たちが首を傾げた。
俺は背後にいるビンに語りかける。
「見ていろ、ビン。お前が使える念動魔法は、極めるとここまでできる。ふんっ!!」
俺は建てかけの家に手をかざした。
即座に念動力の手で、家の構造全部を触って把握する。
そして土台ごと、形を崩さないように引っこ抜く。
「あーっ!!」
カイゼルバーン家の一同と、大工たちが腰を抜かした。
建造物が一つ、空に浮かんだのだ。
「よし、行くぞ。すぐにつくからついてきてくれ。あ、シャルロッテさんは馬車に乗って。御者はオットーさんがやるんだろ? ここは道、均してるからさ」
俺は歩き出した。
その横に、駆け足でカールくんがやって来て並ぶ。
興奮で鼻息が荒い。
さらに、横にビンがふわふわーっと浮いてきて並んだ。
「ちょーと、すおい! ビンもできう?」
「できるできる。お前は念動魔法の天才だからな。後で詳しく教えるぞ」
「ぼ、ぼくもできますか!」
「カールくんはまだ早かろうが、魔法の基礎から俺流で良ければ教えてやる。ついてこれるか」
「はいっ!!」
かくして、貴族の一家がやって来た。
そして俺には弟子みたいなのができてしまったのである。
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