第177話 生まれいでよお人形さん

 サーラがスーリヤに連れられて遊びに来た。

 マドカが諸手を挙げてお出迎えし、ブルストが作ったおもちゃで遊びだす。

 おもちゃと言っても、木材を赤ちゃんが握れて、口に入らない程度の大きさにし、丸く角を落としたボールだ。


 二人の赤ちゃんが、ボールをコロコロ転がして、キャーッと大盛りあがりしている。

 マドカからサーラに、コロコロ~っとおもちゃが転がっていき、これをサーラがキャッチ。

 次はアンダースローで、ぽてぽてっとマドカに向かって転がしてくる。


「んまー!」


 マドカは寝そべり、全身でボールを受け止めた。

 手先の器用さではサーラに勝てないため、使えるものすべてを使ってボールを止めるのだ。


 えっ、これ何か点を入れ合う勝負してるの!?

 俺が赤ちゃん同士のボール転がしバトルに注目している時、奥様方は別の話題で盛り上がっていたようである。


「えっ、お人形……!?」


「うん、私、こっちにはお人形を持ってこなかったんですよね。それにうちはサーラが生まれるまでは、男の子ばかりだったし。ここで新しいお人形を作れないかなって」


「お人形を、作る……!?」


 カトリナが目を剥いているの見なくても分かる。

 そうだよなー。カトリナ、オリジナルで何か作ったりするようなのはめっちゃ苦手だもんなあ。


 オーガという種族は、基本的に自分で考えて何かを作る、というのが苦手らしい。

 カトリナはその中ではかなり創造的な才能に恵まれた方だが、最初の頃の彼女のお裁縫は、そこまで上手ではなかった。

 豪快な裁断と縫製。サイズが合わない分は、俺が着ている状態のままでガンガン縫い合わせる。


 針がチクッと刺さって痛かったのはご愛嬌である。

 そんなカトリナがお人形さんを作る!?

 いけるのか?


 振り返ってじっと見ると、明らかに挙動不審になっている彼女と目が合った。


「い、い、いけるよう!!」


「お、おう、信じてる信じてる」


「そ、そうだよねえー? うおー、私、頑張る、頑張るぞー……!」


 頑張っていただきたい。

 この方面に関しては、スーリヤとミーの技術が優れているらしい。


 大豆育成などはクロロックにお願いしていて、俺が手出しするところがない。

 個人的農閑期である俺は、奥様方の様子を見に行くことにした。


「あたしの作るお人形はね、こういう感じ」


 ミーが見せてくれたのは、布の中に綿花の綿を詰めたもの。

 彼女が生まれた村のものであろう、民族衣装を身に着けた活発な感じの女の子の人形だ。


「ビンが女の子だったらお人形作ってあげたんだけどねー。今は趣味で作ったりしてるかなあ」


「可愛いですねえ。お人形さんもお肌を出している辺りが、私のところとは違いますね。私はこうです」


 スーリヤが作った人形は、基本の作りはミーのそれと同じ。

 しかし、人形にさらに服を着せるような作りになっており、大変凝っている。

 服の柄も、恐らくは装飾品をイメージしたような感じで刺繍が縫い込んである。


 凄いクオリティだ……!!


「あわわわわ……」


 衝撃に震えるカトリナ。


「カトリナは無理しなくていいよ! 誰だって最初は上手くいかないんだし。っていうかスーリヤの人形がすごすぎるの!」


「うふふ、伊達に皆さんよりも長い間人形を作ってないですから」


 ちなみにスーリヤが信じる、タダヒトツ神教は神様の人形を作ることは禁じられている。

 なので、お人形はちゃんと人間だと分かるようにしないといけない縛りがあるらしい。

 文化も色々あるのだ。


 さて、カトリナは経験者である二人に手取り足取り教えを受けて、人形作りを始めた。

 今ではマドカの服もざくざく作れるようになった彼女だ。

 基本的には覚えがいいのだ。


「そうそう、いいよいいよカトリナ! 思い切りがいい!」


「決断に迷うということがありませんね……。これは素晴らしい才能です」


 凄いぞ、二人とも褒めて伸ばすスタイルだ!

 自信がなさそうだったカトリナが、どんどんその気になってくる。


 俺やマドカの服を自作しているのだ。

 人形を作れないはずがない。

 いけ、カトリナ!

 俺は君を信じているぞ!


 ちなみに赤ちゃんたちはすっかり飽きて、お兄ちゃんのビンに遊んでもらっている。

 ビンが、既に手足のように扱える念動魔法で、空中に砂や土を集めてボールを作る。

 これの表面がサラサラになるように磨き上げる。


 誕生したテカテカツルツルの泥玉に、木の枝が刺さって手足になった。


「おにんぎょだよー!」


「んわー!」


「まむー!」


 空中でわちゃわちゃ踊る泥人形に、マドカとサーラがきゃっきゃと喜ぶ。

 やるな、ビン。

 お前は絶対に俺を超える念動魔法の使い手になるぞ。


 そしてまた時間が流れた。

 ビンとマドカとサーラが川の字になって、すやすやとお昼寝している。

 おやつはさっき俺が作って食べさせたからな。


 そんな中、ついに奥様方の中で動きがあった。


「できたーっ!!」


 カトリナの咆哮が轟く。

 うおー!

 フックとミーの家がびりびり震える!


 この辺り、オーガの血を感じるな。

 間近で咆哮を受けて、ショックでスタンしていたミーとスーリヤだが、すぐ我に返った。


「やったね、カトリナ!」


「ええ、可愛い出来上がりですよ」


「そう? そう?」


 カトリナが二人を見回して、照れ笑いを浮かべている。

 可愛い。


 そして俺に振り返った。


「ショート、どうかな?」


「どれどれ……。ほう」


 それは……。

 でっかいてるてる坊主であった。

 いや、てるてる坊主ボディの左右からなんか雫みたいな形の手が生えていて、ボディの下に下半身がくっついている。

 おお、足もあるのか。


 豪快な縫製と、ちょっと引っ張ったくらいではびくともしない作り。

 なるほど、カトリナ謹製だと納得できる仕上がりだ。

 これは頑丈なお人形だな……!!


「あのね、芯にイノシシの骨を磨いたのを使ってね」


「えっ! お人形の芯にイノシシの骨を!!」


「だから、かなり力を入れないと折れたりもしないから」


「お人形を折る!?」


 不思議なワードが聞こえた気がしたが、まあよしとしよう。

 しばらくして目覚めたマドカ。

 寝覚めのおやつを要求してぐずるのだが、彼女の口におやつの丘ヤシを押し込みつつ、カトリナの人形を差し出してみた。


「んま!?」


 目を見開き、くりくりさせて驚くマドカ。

 ぷにぷにした手を伸ばし、てるてる坊主をむぎゅっと抱き寄せた。


「おー!」


 丘ヤシをもぐもぐすることも忘れて、人形を引っ張ったり持ち上げたりしている。

 赤ちゃんのパワーでは抱き上げるのにもちょっと苦労する重量があるな。

 あれは筋トレ用だったりするの?


 だが、マドカはどうやら気に入ったらしい。


「マドカ、どうかな? お母さんが作ったお人形さんだよー」


「まー!」


 マドカが俺たちに見せた、この満面の笑顔がすべてを語っているではないか。

 

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