第176話 大豆現る

 本当に夕方頃に鍛冶神が戻ってきて、みんなで夕食ということになった。

 最初は物珍しそうに鍛冶神を見ていた村の仲間たちだが、すぐに慣れたようだ。


「ショートの持ってた剣が? へえー。だけど、ショートと付き合ってるとよくあるよなあ、そういうトンチキなこと」


 納得するパワース。


「あー、それで透けてるのね? 食べ物食べられる? 回復魔法かける?」


『大丈夫。我はまだ透けてて内部の剣がはっきり見えるが、だんだん濃くなる。あと、透けているがきちんと密度はあるのでものは食べられる』


 律儀に答える鍛冶神なのだった。

 これで、村人からの質問は出尽くしたらしい。

 もう受け入れたのか。早いなー。


『ショート、ところでユイーツ神がな』


「おう」


『セントラル帝国から捧げ物で豆をもらったからおすそ分けだと』


「ほうほう」


 近くに座った鍛冶神が、ざらざらーっと豆を取り出す。

 これは……。


「大豆ではないか」


「大豆ですね」


「大豆ですね」


 俺が豆の正体について推測すると、ブレインとクロロックがすぐに補足してくれた。

 さすが詳しい、おらが村の賢者たち。


「大豆はどこでも育ちますし、豆は様々な加工ができると聞きますね。とてもいいと思います」


「ブレインさん。実は大豆には肥料をたっぷりと与えた方がよいのです」


「なんですって」


「大豆は自ら栄養素を作り出せるようなのですが、それでもあらかじめ栄養があった方が、大地は痩せませんし収穫量も上がるのです」


「おおー」


 農業に関してはやはりクロロック無双だな……!

 なんでも知ってるわこのカエルの人。


 ちなみに、フックとミーの村でも大豆は育てていたそうだが、家畜の飼料として使っていたようだ。

 セントラル帝国ではめちゃくちゃに活用しており、さらに帝国と海を隔てたイーストエンドと呼ばれる土地では、大豆調味料や大豆加工品が無数にあるとか……。

 そこは日本ではないのか?


 今度行こう。


「それから、大豆には毒が含まれていますから生食はだめですよ。加熱するのもいいのですが、発酵させると素晴らしい栄養になります。あのネトっとしたのどごしはなかなかですよ」


「クロロック! まさかおぬし、納豆を知っているのか!!」


「ほう、ナットウと言うのですか……! ワタシが独自に編み出したものなのですが」


「なんて凄い男だ」


 俺はまたクロロックを尊敬した。

 この世界に来てから一番尊敬するやつを一人挙げろと言われたら、トップがクロロックだぞ。

 次はブルストとカトリナだな。


 飯を食いながら、矢継ぎ早にクロロックに質問した。

 それを即答してくるカエルの人。


 では、翌日にでも大豆を植えていこうという話になった。

 雨季でも、大豆をきちんと育てられる方法もあるのだとか。


「水はけが大事になりますからね。水田に使っていなかった場所を畑とすべきでしょう。サボテンガーさんの周りが水を吸い上げられていて、素晴らしい水はけです。彼女を囲むように畑を作りましょう」


「よし、そうしよう。じゃあ、明日の作業は決まったな」


 大豆栽培を開始するのである。

 俺が予定を立てていると、ブルストから提案があるようだった。


「ショートよ。俺も一つ、やってみたいことがある」


「お、なんだブルスト。めちゃめちゃ目が輝いているが……! 酒か」


「分かるのか!!」


 鼻息も荒く立ち上がるブルスト。


「ブルストがそこまでやる気になるということは、カトリナやパメラやマドカのことか、あるいは酒だからな」


「そういうことだ。話が早いな! 米を作っただろ。米は噛むと甘くなる。甘いものは酒になるんだ。ショートが米で酒を作るという話をしてたからな、俺もそいつをやってみたいと思ったんだ。いいか?」


「任せる!!」


「よし!!」


 ブルストがガッツポーズした。


「米の酒だって? 俺も一枚噛むぜ」


「パワース!」


「ミノリの世界に行った時、『これはお父さんのとっておきだからだめ』って言われて米の酒を飲めなかったんだ」


 お前、海乃理とどこまで関係が深くなっているんだ……?

 俺の中で疑惑が生まれるぞ!


 ちなみに今のうちの父親は農協に勤めているのだが、パワースを職場に連れて行ったらしい。

 お前……地球で就職するのか……!?


 なかなか衝撃的なことが連続する、夕飯の食卓である。


『大豆を植えるのか……。我のシフトを後に回して、ユイーツ神の夜の仕事を肩代わりすれば、農作業を手伝えるな』


「鍛冶神も農作業をするのか!!」


『うむ、一度死んだ身だ。ここから先は、お主の世界の言葉で言うボーナスステージというやつだな。何やら剣を核にしてたりして、何かの拍子に我は消えたりしそうだし』


「そうか。体が安定するまでは大豆でも育ててた方がいいもんな。では、農作業チームを募集しよう。誰かやる?」


 雨季になってみんなちょっと暇になって来ていたらしく、フックとミー、アキムとスーリヤ、そして食べ物には全ていっちょ噛みしてくるピアが参加することになった。

 指導役としてクロロック、クロロックの助手としてブレインがつく。


 ブルストとパワースは米酒生産チーム。

 まずは手前村まで行き、発酵させるための種を入手するそうだ。


 なんか酒が完成する頃には、パメラの赤ちゃんも生まれそうな気がする。


「ショート、マドカが何か言いたいみたい。ほらマドカー。お父さんだよー」


「んまんまむ」


「どうしたどうしたマドカー」


 抱っこすると、マドカが何かもちゃもちゃと言っている。

 俺はなんとなく察した。


「大豆が完成したら食べさせろと言っているんだな……!? ハハハ、食欲の化身め」


「んぴゃー」


 マドカがニコニコした。

 勇者村の食卓をより豊かにし、マドカを笑顔にするため、俺は頑張る決意を新たにするのだった。


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