第173話 復活する俺の剣

 マドカがハイハイをマスターしてからというものの、その圧倒的機動力を活かして村のあちこちに出没しているようだ。

 どうやら元から好奇心旺盛な性格だったらしい。


 今までは自由に動けなかったため、俺たちが連れ回す光景が全てだったのだ。

 それが、自らの手足で動き回って、世界を直接に行って触れて口に入れて確認できる。


「ショート! またマドカがいないー!」


 カトリナの悲鳴が聞こえたので、俺出動である。

 ハイハイ用に、マドカには布製の膝アーマーに靴下、そして赤ちゃん手袋を与えてある。

 外でハイハイする時、これがあれば怪我をしないのだ。


 ふむ、地面をハイハイで削った跡が肥溜めの方に続いている!

 空は雲行きが怪しい。

 雨季になったので、割としょっちゅう雨が降っているのだ。


 早くマドカを回収せねばならない。

 きっとあの子は、たまににおってくる、このうんちの香りはなんだろうと興味を抱いたのだ。

 子どもは基本的にうんこが好きだからな。


 到着してみると、ニーゲルが困った顔をしてマドカとにらめっこしていた。

 ニーゲルの顔が面白いらしく、マドカがキャッキャッと笑っている。


「おー、ニーゲルありがとう。マドカを無事に確保できるー」


「ショートさん! おれ、困っちゃって。赤ちゃん相手したことないっす」


「いやいや、十分な仕事だよ。肥溜めに落っこちなくて本当に良かった」


「そういう危ないのは絶対無いように注意してるっす!」


 うむ、俺はその辺り、ニーゲルを信頼している。


「そう言えばクロロックは?」


「師匠なら、稲とか籾殻を砕いてるっす。肥料の材料に使って成分を変えるんだーって言ってたっす」


「そうか、雨季になるとクロロックも畑から解放されるから、肥溜めに詰めることになるんだな」


 クロロックとニーゲルの師弟コンビ復活だ。


「じゃあ、マドカはもらっていくよ。あ、こりゃ暴れるな」


「んまむー!」


 ぱたぱた手足を振り回すマドカを抱えあげる。

 彼女の魔力の角が、ピカピカと光り輝いた。


 その時である。


『うーん……よく寝た』


 なんと、アイテムボクースからそんな声が聞こえてきた。

 おかしい。

 アイテムボクースは時間が止まった別の世界のはず。


 ここで動けるものなど、時間を超越した神くらいしかいない。

 ということは神なんだろうな。


 アイテムボクースに入れた神様なんか一柱しか思い当たりがないぞ。

 俺の剣だ。

 他の誰かが触れないように、一番奥に入れたのだが。


「おーい、その声はもしや、鍛冶神にして戦神の神様かね」


『いかにも我は鍛冶神であるが。おっ、その身に纏った神気は、以前よりもずっと強くなっているが、異世界からの勇者ショートではないか!』


 アイテムボクースを開けてやると、そこから剣が飛び出してきた。


「ヒャアー」


 ニーゲルが腰を抜かす。


「んまー!」


 マドカが目をまんまるにする。

 剣はピカピカと光りながら、その光で人の形を作ってみせた。

 筋骨隆々な男性の姿である。


 彼は魔王と戦い、敗れ、その肉体が長くは持たないことを知って自らを剣へと鍛え直したのである。

 そして俺の手に振るわれ、ついに魔王マドレノースを討ち果たした。


 ……ということを説明してやったら、鍛冶神は大喜びした。


『本当か! 凄い! ついにやったぞ! なにっ、それまでの間に、神々の殆どは滅ぼされてしまったか……。ユイーツ神には豊穣神がなっている? ああ、良いのではないか? あやつは平和的な神ゆえな。信仰が届かないところは加護できんが、信心篤き者たちは守護されるであろう』


 うんうんと頷く鍛冶神。


「とりあえず、ニーゲルが怖がってるのでうちに来てくれ。茶を出すぞ」


『ほう! お言葉に甘えるとしよう。しかし、なんとも神気に満ち溢れた場所だな。ここは新たな神界か何かか?』


「俺が作った農村だぞ」


『ハハハ、そんなばかな』


 信じてくれない。

 家に鍛冶神を連れ帰ると、カトリナが「あら」とだけ言った。

 もう、変なのが訪ねてくるのには慣れっこになってしまっているな。


「ショートが持ってた剣の神様だよね?」


『おお、理解が早い』


「俺の嫁さん」


『なんと! おめでとう。お主が妻を娶り、こうしてお主の権能を受け継いだ娘を作り、平和に暮らしている。これこそが今の世界に魔王がいない証となろう』


「それが新しい魔王がいるんだな」


『な、なんだってー!!』


 鍛冶神がぴょーんと飛び上がって驚いた。

 オーバーリアクションが面白いらしく、マドカがキャッキャッと喜ぶ。


『ショート、お主ほどの男がいながら、どうして魔王の存在を許す……。あ、お茶をありがとう。むっ、美味い。真心が伝わってくる』


「ありがとうー」


 鍛冶神はお茶を一気飲みしてからカトリナに礼を伝えている。

 気遣いができる神様である。


「それがな、降り立ったのがウエストランド大陸でな」


『あっ、信仰が届かない地域!』


 鍛冶神が察した。

 そしてこの話は聞かなかったことにしたようだ。

 ここで俺は、彼に疑問をぶつけてみることにした。


「なんでいきなり鍛冶神が復活したんだ? あんた剣になってたじゃないか。俺はてっきりもう戻らないものとばかり」


『本体が剣になってしまったのは変わらぬが、滅んではいないからな。不活性化というやつだ。だが、この土地の神気がどんどん強まっていくので、我は仮初の肉体を作り出すくらいには回復したのだ』


「ははあ、勇者村が強化されていったから、神様が養生できる場所になってしまったわけか」


 どおりで、たまにユイーツ神が遊びに来たりするはずだ。

 あいつ、ここを保養所だと思っているな。


 噂をすれば影が差すと言うが、それは思考していても同じらしい。

 俺の家の入口がピカピカ光り、ユイーツ神が姿を現した。


『こんにちはー』


「あら、光る人! お久しぶりー」


 カトリナがユイーツ神のぶんもお茶を淹れ始める。

 そして、鍛冶神は振り返り、『おお、久々』と手を上げた。


『あっ、あなたは鍛冶神! どうしてここに!』


『先程目覚めてな……。お主はどうしたのだ。仕事はいいのか』


『ああ、それはですね、フフフ、問題がないのです。少しくらいは大丈夫ですので。フフフ』


 大丈夫かなこのユイーツ神。

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