第172話 魔王を狩るに当たって

 オービターとエレジアと面談する。

 二人ともあくまで旅人であり、勇者村にとっては客人でしか無いからである。

 これは彼らの意思でもある。


「どうすんだよ。ウエストランド大陸行く? 送るよ?」


「マジかよおっさん」


「おっさん言うんじゃねえ。俺はまだ二十代前半だ。もうすぐ半ばだけど」


 雨季が終われば二十五かもしれない。

 誕生日に関しては曖昧になってるなあ。

 カトリナさんがまだまだ十代だってことだけはよく分かるぞ!


「ぱっ! ぱっ!」


 マドカが何か言いながら、俺の膝の上で手を振り回している。

 ほう、どうしたどうした。

 食堂のテーブルをぺちぺち叩いて、赤ちゃん語でもちゃもちゃ言っている。


 なんとなくニュアンスを掴んでみよう。どうせお腹が減ったことくらいしか言っていないのではないかという予感があるが。

 えーと?

 魔力の角が、ウエストランド大陸の方から何か感じ取ってムズムズしている……?


 えっ、すごくまっとうなこと言ってるじゃないか。

 どうしたマドカ。

 何か知恵の実でも食った? 魚のDHAを取り込んだな、そう言えば。


 もっとお魚食べさせよう。

 俺は決意した。


「かーわいい」


 エレジアがマドカの手をつんつんしたら、マドカがエレジアの指をきゅっと掴んだ。

 心温まる光景である。


「んで、どうしたんだよおっさ……じゃなくてショート。赤ちゃんからなんか感じ取ったのか?」


「ほう、分かるか。うちの子は賢いからな……。いや、魚を食べて賢くなった」


「えっ、魚を食べると賢くなるのか!?」


 そこに食いついてくるのか。

 こいつ、なんだか俺に似たオーラを感じる男だな。


「はいはい、二人とも、話が逸れてるよ。じゃあショートさん、マドカちゃんはなんて言っているの?」


「うむ。ウエストランド大陸……お前らの仲間が落ちたとこな。そこで魔力の大きな動きがあったらしい」


「へえ。じゃああいつらが暴れてるんだな」


 ニヤリと笑うオービター。


「これは、助太刀しなくちゃね」


 エレジアも不敵な表情をする。

 そうなれば、いつまでも勇者村に留めてスローライフさせるわけにも行くまい。


 俺はマドカを抱っこしたまま立ち上がった。


「よし、ウエストランド大陸まで案内するよ。えーと、お前ら、高速移動はできる? 制限付き? じゃあここに入れ」


 俺はアイテムボクースを展開した。


「な、なんだそれ」


「知らんのか。アイテムボックスだ。俺はアイテムボクースと名付けてある。言うなれば、俺専用の、時間が止まった隔離空間というか」


「分からん」


「つまりね」


 エレジアが解説してくれた。


「この人だけの世界。時間が永遠に流れない世界を、この人はいつも持ち歩いているの」


「なんだよそれ!? とんでもないことじゃねえか!」


 ようやくアイテムボクースの頭のおかしさに気づく者が現れたか。

 そう。

 これは、一つの世界を持ち歩いているのだ。

 

 時間が止まり、何も存在しない世界。

 だが、ここに放り込んでおけば、そいつは永遠に年を取らない。

 時間も経過しないから、本人の感覚的には一瞬なんだけどな。


「入れ」


「そこまでとんでもないものだって理解してて、平然と入れって言えるのかよ!」


 真実を知ったやつは面倒くさいな。


「入らないと話が進まんだろう。そおれ」


「うおー!? や、やめろー! なんてパワーだ!? こいつ魔王みたいな腕力……ウグワーッ!」


 オービターをアイテムボクースに放り込んだ。

 これで、うんともすんとも言わなくなる。


「どうぞどうぞ」


「はーい。お邪魔しまーす」


 物分りのいい魔女エレジアは、スキップしながら入っていった。


「んみゃー」


「マドカは入っちゃだめだぞ。まだまだこれからどんどん大きくなる時期なんだからな」


「まむー」


 マドカは不満げである。

 ということで、うちの子は奥さんに預けていく。


「はいはいマドカ。こっちだよー」


「ぱー」


 カトリナに抱っこされ、頭を彼女の胸に預けるマドカ。

 安心した顔である。

 男の胸板は硬いからなー!


「じゃあ、こいつら送り届けてくる。昼飯には戻るよ」


「はーい。いってらっしゃーい」


 手を振るカトリナ。

 それをマドカが、なんと手を上げたのだ。

 ゆっくりと、手を握ったり開いたりしている。


 おおーっ!

 バイバイまでできるようになったか!

 やはり天才。


 俺は感慨を胸に、空へ飛び上がった。

 同行者はいないので、最高速度で飛行できる。


 マッハ3~5くらいが大気圏中で出せる基本最高速度だが、俺の気分が乗ると空気抵抗を魔法の結界で防ぎ、マッハ10くらいまで加速できるようになる。

 宇宙空間だとほぼ光速まではいけるんだが、隣の星系まではそれでも何年もかかりそうだ。

 そのうち、長距離ワープ魔法でも生み出すか。


 海の王国で一旦降り立ち、ザザーン王に面会する。

 ここでオービターとエレジアを取り出し、魔王と戦う連中だと紹介した。


「この後しばらくしたら、こいつらと仲間たちが来るかもだけど、強い戦力になるからこの国で歓待してあげて」


「うむうむ、分かったぞい」


 ザザーン王が鷹揚に頷く。

 エレジアがお行儀よく挨拶し、オービターはさっきと全く景色が変わっていることに驚いている。

 そしてまた彼らをアイテムボクースに詰め込むのだ。


 バビュンとウエストランド大陸まで飛ぶ。

 そして、適当な浜辺で彼らを解放した。


「じゃあ、ここで。大陸はでかいが、目立つ活躍をする連中なんだろ? 再会できることを祈ってるぞ」


「ありがとうショートさん! あっという間についちゃったねえ。助かっちゃった」


「ほえー、すげえもんだなあ。っていうかさ、あんたが魔王倒せばいいじゃん。なんでやらねえんだ?」


 オービターからの質問はもっともである。

 なので、俺は持論を踏まえて答えてやった。


「俺は既に、この世界を脅かしていた魔王を倒したんだ。つまり、俺がここに召喚された時の仕事は終わってる。だからこっちで自分の人生を始めたんだよ。俺には勇者村を守る責任はあっても、世界を守る義務はもう無い。なんで、魔王が俺の生活領域に手を出してきたら叩き潰すことにした」


「へえー。魔王を倒せる力があるなら、俺ならやっちまうけどなあ!」


「オービターはまだ若いからねー」


 エレジアがけらけら笑った。

 まあ、彼の言い分も分かる。

 だが、そうやって俺が魔王を倒すことが常態化してしまったら、この世界の連中は危険に備えるのをやめてしまわないか?


 勇者村と一緒だ。

 誰かが必ずやってくれるなら、他の者はいつまでも、それをできるようにならない。

 これは共同体にとっては致命的なことだぞ。


 ってことで、俺はやらないのだ。


「じゃあなー」


 俺は彼らに手を振り、飛び上がった。


「おー! またな! めし、上手かったぜショート!」


「マドカちゃんとカトリナさんによろしくねー!」


 二人も手を振る。

 爽やかな別れだ。

 今後、彼らはウエストランド大陸でメチャクチャな冒険をすることであろう。


 再会した時に土産話を楽しみにしておこう。

 かくして、俺は昼飯を食べるために勇者村へ帰る。


 さらばウエストランド大陸!

 次に見る時まで、形が残ってるといいな。



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