第169話 米と焼き魚
長粒種のお米が炊き終わった……!
お鍋で煮る感じで、ちょうどいい歯ごたえにしたのだが、思ったより粘り気もある。
これ、サラサラしてるように感じるのは、粘り気を洗い流して使っているのかもしれないな。
焼き魚と、長粒種の米、そしてお漬物が並ぶ食堂。
村人たちは、焼き魚と米をどう食べたものか、と思案している。
「よし、俺が手本を見せよう。焼き魚をな、こうやって身を裂いて……。米に乗せて一緒に食う……うおおおおお!!」
俺は吠えた。
塩で味付けされた焼き魚に、炊きたての米。
長粒種米だが、それでも米は米。
美味い!!
海鮮丼とはまた違う、懐かしさのある美味さだ。
ガツガツと食べた。
途中から焼き魚を手づかみにし、魚を食っては米を食い、漬物を食う。
気がつくと目の前から食べ物が消えていた。
「……ごちそうさまでした」
「おお……ショートが我を忘れて食ってやがったぜ。あいつ、米とかパンを食う時だけ我を忘れるな」
「炭水化物大好きですよね、彼は」
パワースとブレインがそんなことを言っている。
確かに彼らと一緒に旅をしていた時、俺は炭水化物を何よりも愛した。
保存食が干し肉とナッツばかりの時も、必ずビスケットを買っていった。
炭水化物こそ正義である。
肉や魚を一番美味しく食べるためには、炭水化物が欠かせない。異論は認める。
とにかく、俺が米と焼き魚にがっつくのは、みんなの食欲をそそるのには十分な効果があったらしい。
村人たちは、わいわいとめいめい魚をほぐし始め、米に混ぜたりしてからスプーンで食べ始めた。
あちこちから、おお、とか、美味い、とか言う声が聞こえる。
そうだろうそうだろう……。
米は味が淡白なぶん、おかずになった食材の味わいを引き立てるのだ。
塩辛いおかずでかき込むご飯は最高だぞ……!
後は、そうだな。
「醤油がほしいな」
「おしょうゆ!!」
「それなあ」
「あれは水分を奪われそうな味でしたね」
俺の発言を聞いてピアが目を見開き、パワースが同意し、クロロックがクロクローと喉を鳴らした。
みんな、俺の実家でご馳走になって来てたのか。
そして醤油の美味さが分かるとは、通だな、ピア。
ちなみに勇者村で米を食う際に使うのは、スプーンである。
加工が比較的容易だからね。
フォークは金属が必要だし、作りが繊細だし、ブルストには難しいらしい。
ナイフはある。
作業用ナイフと兼用なので、食事のときにはよく洗って清潔にする。
「短粒種は箸があるといいが、まあ、ちょっと酷だよな。そこまで日本の文化を押し付ける必要はない。短粒種の米が食いたいのだって、俺のわがままだし」
ということで、あまりこの辺りは主張しないようにしておく。
俺が自分用に箸を作るくらいだな。
「マドカ、あーん」
「んまー」
カトリナにあーんをしてもらい、口いっぱいに、お米と魚を頬張ったマドカ。
ニコニコしながらもぐもぐ噛んでいる。
うーむ、こんなに美味しそうにお米を食べてくれるとは……。
お父さんは嬉しいぞ。
マドカはできるだけ長く味わう派らしく、よく噛む。
すっかり乳歯の数も増え、食材を噛むのに不自由していないようだ。
よく噛み、よく食べ、自分のための皿が空っぽになるまで絶対に食事を止めない。
なので、マドカに付き合うと俺かカトリナのどっちかがなかなか飯を食えなくなる。
「よーしカトリナ、交代だ。マドカを貸すんだ」
「ありがとー! じゃあ、私も食べちゃうね!」
「よく味わって食ってくれ……」
俺は優しい目をした。
そして、赤ちゃん椅子に座るマドカに、俺的にパーフェクトなバランスで魚と混ぜた米を差し出す。
「よし、マドカ、あーんだ!」
「んまー」
口に放り込むと、またもぐもぐと噛み始めた。
「んんー」
おお、満足げである。
魚だけだと塩味が勝るし、米だけだと味が淡白だ。
バランスが大事なのだ……!
魚が二に米が八くらいが俺の黄金比だな。
あまりにマドカが美味そうに食うので、カトリナがこの比率を真似し始めた。
「あー、あ、あ、悪くないかも。美味しい美味しい。スープに浸かってない長いお米って初めてだけど、いけるねー」
うんうん頷きながら食べている。
反応が割と普通な感じに見えるが、大体そんなもんだろう。
めちゃくちゃ感動している俺は、お米の文化圏からやって来たからそうなのだ。
この村の仲間たちは、様々な主食が存在する場所からやってきている。
フックとミーはコーリャンだし、他は大体パン。
砂漠の王国では、無発酵の平たくてサクサクしたパンを食うらしいし。
だが、そんな米を食わない文化圏の仲間たちが、みんなで美味いと言ってくれた米と焼き魚……いや、焼き魚定食……!!
これは大成功と言っていいだろう。
勇者村における、料理のレパートリーの一つに加わったな。
普通、この世界では、その共同体が持つ料理のレパートリーなんてのは五つか六つあれば上等で、普通は四つくらいのものだ。
それが、勇者村は、ハジメーノ王国料理から砂漠の王国料理、海の王国料理に粉物料理、香辛料たっぷりの料理と、実に多彩なメニューが揃っている。
人種の坩堝だもんな。
食文化だって色々集まるのだ。
そして、ここで暮らすうちに、みんな食に対して寛容になっていく。
「うーん、これはのどごしがちょっと」
クロロックがいつものカエル顔で腕組みをしていた。
「あー、そうだな。これは噛むこと前提だもんな。はい、ほぐした魚と米を混ぜて、漬物乗せて出汁を掛けたら……だし茶漬けだ」
「おお!!」
クロロックの目がくりくりっと動いた。
彼は皿を手に取ると、ずざざざざ、と一気に喉奥に流し込む。
ちょっと熱かったらしく、瞬膜がパチパチした。
「ふう……。なるほど。汁に漬けることでのどごしが増しますね。だし茶漬けと言いましたか。そういうものもあるのですね……」
「だし茶漬け?」
「ショートさん、俺も!」
「こっちもお願いします!」
あちこちから、皿に出汁を入れてくれという要望が届く。
焼き魚定食を広めるつもりが、だし茶漬けが広まってしまう……!!
いや、それはそれでいいんだが。
マドカは、だし茶漬けも気に入ったようで、ぺろりと平らげてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます