第162話 勇者村四天王
ヤギの赤ちゃんが六匹増えたので、大変賑やかになった。
めえめえ言いながら、村の中をヤギ軍団が歩いていく。
「うーむ、小さくてふわふわしている」
すっかり自分の足で歩けるようになった、ヤギの赤ちゃん。
色は白だったり、黒だったり、まだらだったり。
俺たちが稲刈りをしている間、あぜ道を九頭でトコトコと突き進む。
そして、雑草をもりもり食べ始めた。
カッファが積み上げた稲に興味を示し、どーれ味見、とばかりに近づいてきた。
「いかーん、いかん、いかんぞー」
俺はふわっと念動魔法でスライド移動し、カッファの前に立ちふさがる。
「めえー!?」
驚くカッファ。
ついてきていたちびっこヤギたちが、ビクッとした。
子ヤギは怖がると、地面を強く叩いて表現するらしい。
確かに、彼らは地面をぺちん、ぺちんと前足で強めに叩いている。
威嚇かな?
「カッファよ。これは脱穀が終わるまでは食べてはダメなのだ。ここに成っている作物は、とっても大事なものなんだからな」
「めえー」
なんとなく伝わっている気がする。
茶色いヤギはふんふん、とうなずき、くるりと回って戻っていった。
お母さんヤギが帰っていくので、赤ちゃんヤギも慌ててついていく。
赤ちゃんヤギたちはまだミルクしか飲めないが、お母さんが自由気ままに動き回るので、後をついて回らねばならないのである。
鍛えられそうだ。
本日分の稲刈りも終わり、長粒種の作業は全て完了ということになった。
稲の束を作って、干すことにする。
雨季が来る前に収穫を終えてしまいたいのは、正にこの乾燥作業があるからだな。
「ホロホロ!」
「めえー」
おや?
畦の方で、トリマルが赤ちゃんヤギと何かやっている。
あれはオーレの赤ちゃんであろう。
灰色と白のまだらの子ヤギがいて、トリマルとお喋りしているようだ。
「ホロー!」
「めえ!」
トリマルが翼を広げると、そこに向かって赤ちゃんヤギがトテトテ走っていった。
トリマルはマタドールのように、翼を翻して赤ちゃんをやり過ごす。
「めえー」
おお、なんか楽しそうだな。
他の赤ちゃんたちも次々続く。
トリマルは年若いヤギたちと遊んでやっているのか。
お母さんヤギ軍団は、その辺気にせずに草をもりもり食っている。
ここで俺は気づいた。
あの灰色と白のまだらの赤ちゃんヤギ、ちょっと他よりも動きがいいな。
パワフルだ。
ヤギも生まれつき、身体能力の差というものがあるんだろう。
「ヤギの名前はもう決めたの?」
勇者村の子どもたちに聞いてみると、まだだと言う。
「あのですね、ちょうど私と、ピアと、アムトと、ルアブと、ビンで五人いるから、それぞれで名前をつけようって言う話になってて。そしたら一匹余っちゃって」
「なるほど。では俺が一匹名付けていい?」
「いいですよ」
リタが頷いた。
よしよし。
なんかユイーツ神には、ホイホイ名付けるなとか言われているが、たまにはいいだろう。
俺はあの灰色と白のまだらの子ヤギに名をつけることにした。
近づいてみると、子ヤギは堂々たるもので、怯えもせずに俺を見返してくる。
「お前は大物だなあ」
「めえ」
「よし、お前の名前はガラドンとする……。なんか小さい頃に読んだ絵本にそういう強いヤギが出てきてな」
「めえ~」
ガラドンと名付けられた子ヤギは、応えるように鳴いた。
そして、なんかふわっと魔力の光みたいなのを纏いはじめて、ちょっと大きくなった。
「えっ」
「めえ~」
ガラドンは俺に近づいてきて、むぎゅーっと体を押し付けてくる。
おおー、かわいいかわいい。
わしわし撫でる。
光ったり大きくなったりしたから、なんだろうと思ったが、普通のかわいい子ヤギではないか。
「ガラドンよ。他のヤギの赤ちゃんたちとともに、大きくなるんだぞ」
「めえめえ」
明らかに俺の言葉を理解している風に、相槌を打ってきた。
頭のいいヤギだなあ。
そこへ、トリマルとアリたろうが駆け寄ってくる。
彼らはなぜか、赤ちゃんヤギの中でガラドンだけを囲み、ホロホロ、もがもがと言い始めた。
仲良しか。
「ショート様、また何かやらかしましたね」
魔本軍団の長であるカタローグが、日傘を片手に立っていた。
外見は、片眼鏡に燕尾服の、老齢の紳士である。
「ウォッ! なんだカタローグ。俺が何をやったと言うんだ。ちょっと意図を込めて子ヤギに名付けただけじゃないか」
「たとえ話をしますぞ。神が意味を込めて人の子を名付けると、その子には神通力が宿るとされています」
「ほうほう、そうなのか。そりゃあ神様は気軽に名付けはできないな」
「お分かりではない?」
「何を言っているんだカタローグ」
カタローグは片眼鏡をクイクイやって、なんとも言えない表情をすると、図書館に戻っていってしまった。
何が言いたかったのだ。
しばらくして、彼は一冊の本を片手にしてやって来た。
「戻ってきた」
「ワタクシではたとえ話が上手くないので、民話の魔本を連れてきましたぞ」
「あっ、よくビンに読み聞かせしてる魔本か! 世話になってるなあ」
『いえいえ! ワタクシに収められた物語を読み尽くす勢いで、読み聞かせを頼んでこられますからな! ワタクシ、本としてもやりがいがあるというものです! で、ショート様は神にも等しいというか、凌駕する力をお持ちなのに子ヤギにさらっと名付けたとか? 何か意図を込めて? ほほう、神になられた時に、従属する若き神が多いほど仕事がやりやすいものです。新たな神の誕生をワタクシは寿ぎましょう!』
「んっ!?」
民話の魔本が色々褒めてきたので、さすがに鈍い俺も気づいた。
「俺はまた何かやっちゃいましたかね……?」
「やらかされましたなあ」
『新たな神の誕生ですね!』
「めえ~」
「ホロホロ」
「もが!」
「ちょーと! どしたのー」
ビンまでやって来た!
ビンとトリマルとアリたろうとガラドンが俺をじーっと見つめている。
みんな、俺が関わってきた子たちだな……。
どれもこれも、種族の枠を飛び越えた凄まじい力を持っている。
ガラドンもそうなるのかな?
そう言えば絵本の方でも、元ネタになったヤギはトロルを粉々にしてたもんな。
「めえ~!」
ガラドンが誇らしげに鳴いた。
俺はうんうん、と頷くと、考えるのをやめたのだった。
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