第160話 ヤギの赤ちゃん、そして食べることの話
ついにヤギが産気づいた。
しかも、ミルクとカッファとオーレの三頭ともほぼ同時にである。
なんでだ。
「土地の性質のせいでしょうねえ」
ブレインが分析する。
「カタローグとともに色々話をしたのですが、やはり勇者村の地質が変質しています。明らかに魔力に溢れる土地になっているのです。故に、ヤギの出産が同期することになったのでしょうね」
「そんなことが……ってそれどころじゃねえ!」
俺はヤギ舎へ走る。
そこには、ヤギの出産介助経験者であるフックとミー、そして助手のピアがいる。
どうやらパメラは、牛の出産を助けたことがあるとかで、彼女も戦力だ。
「ヤギの出産は同じシーズンで行われるので、被ることもよくありますよ」
おっと、ブレインの論にクロロックが異論を呈している。
うちの村の知識人が論戦を始めた。
二人とも実に楽しそうである。
同類だもんなあ。
彼らを背に、俺はヤギのお産に取り掛かることにするのだ。
ヤギたちが力み始める。
生まれる、生まれるぞー!
昨日まで、もりもりと草を食べまくっていたのに、今日になっていきなり生まれてくるとはなあ。
ヤギとはたくましい。
「なんか出てきた!」
ピアが驚く。
羊膜みたいなのに包まれて、子ヤギがでてきたのである。
ミルクの赤ちゃんはなかなか大きいらしく、生まれるのが大変そうだ。
フックがよく手を洗い、子ヤギを掴んで引っ張り出している。
えっ、そうやるの?
それに対して、ピアが真似をしようとしたカッファの赤ちゃんは、つるんと出てきた。
超安産だ!
俺が手伝うことはなさそうだなあ。
人間と比べると、安産も安産。
それぞれのヤギは、二頭ずつの赤ちゃんを産んだ。
つまり、勇者村のヤギが一気に九頭になったのである!
増えたなあ……。
ヤギたちの汚れを拭いてやると、彼女らはもりもりと草を食べ始めた。
たくましい。
ヤギの赤ちゃんたちは大変小さく、かわいい。
まだ毛並みが濡れていてしっとりしているのを、ミーが拭いて回っている。
今は乾季だから、すぐに乾くだろう。
そして驚いたのは、彼らはさっさと立ち上がり、おっぱいを飲み始めることだ。
「ヤギってすぐ立ち上がるんだな……」
「まだまだフラフラしてますけどね。一週間くらいでしゃんとするよ」
フックの説明に、感心することしきりである。
そして夕方近くには、ヤギの赤ちゃん軍団はふっくらふわふわの毛玉みたいな姿になっていた。
うわーっ、かわいい。
その頃には、仕事を終えた勇者村の住人が全員詰めかけている。
みんな、ふわふわでよちよち歩き回る子ヤギたちに、ハートをギュッと鷲掴みにされていた。
「もがもが」
「あっ、アリたろうのご飯の時間だ」
ピアがアリたろうに服の裾を引っ張られて立ち上がった。
アリたろうと一緒に生活している彼女は、アリクイの食事も用意しているのである。
子ヤギのことは気になるが、アリたろうの食事の用意も気になる。
アリじゃないの?
そう思ってついていってみた。
「アリたろうはアリ以外に何を食べてるんだ?」
「えーとね、丘ヤシも食べるし、うちらと同じもの食べたりするよ! ただ、歯がないからそのままだと食べれないけど」
「そうなのか」
ピアがアリたろうに詳しくなっている。
彼女は食べ物を用意すると、それをすりこ木で潰し始めた。
ごりごり潰して、なんかペーストっぽい感じになったのを、ほいっと差し出す。
これを、アリたろうがペロペロと舌を出し入れして食べ始めた。
「ほう、こんなん食ってたのか……」
「ショートさんのお母さんとこだと、なんかぐるぐるーって回る魔法の道具で、なんでもトロトロにしちゃって、それをアリたろうが食べてた!」
「ミキサーとかフードプロセッサーだな。なるほどなるほど」
一つ勉強になった。
勇者村では多くの動物たちと共存しているが、彼らの生態などなど、分からないことも多いのだ。
こうして機会があり、新しい知識が増えていくのは楽しいものである。
知るは楽しみ。
知識ってのは娯楽でもあるんだよな。
「アリたろうと暮らしててどう? 寂しくないか?」
「ぜんぜん! トリマルも遊びに来るし、鳥舎のお世話もあるし、すっごく毎日忙しいし!」
ピアがニコニコしながら答えるのだ。
強い。
「ヤギの世話もしてるのか。無理しない程度にな……!」
「うん、まっかせて! うち、なんでもやるよ! それでさ、ショートさん」
「なんだね」
「ヤギも将来食べたりする?」
ぬおっ!
かなり鋭い意見で切り込んできたな。
ヤギというのは、乳を取ってよし、食べて良し、という優秀な動物なのだ。
持ってれば財産になるし、遊牧民にとっては家財道具で、嫁入りの時とかに連れて行ったりするな。
経済動物というやつだな。
「食べたりすることになります。家畜というのはそういうものだし、だからこそ、俺たちは彼らを育て、守り、増やしていくわけだからね」
「やっぱり!!」
この話を聞いて、ピアはショックを受けるのではない。
目をキラキラ輝かせるのである。
「ヤギは可愛いけど、やっぱり食べられるなら食べなくちゃだよね!」
「凄い割り切りだ!」
まあ、ホロロッホー鳥の屠畜も担当したりする娘だからな。
考え方が現実的なのだ。
我々は生命をいただかねば生きていけないので、どこかで他の動物を殺さねばならない。
菜食という生き方もあるけど、それはこういうファンタジーな世界では現実的ではない。
栄養が色々取れる加工食品なんて無いのだ。
生きるためには、他の動物を食べなければいけない。
「もしやる時が来たら、うちがやります! イノシシだってやってるんだから、うちの仕事です!」
大変心強い!
「もがー」
「あっ、アリたろうは食べないからね! 食べるところなさそうだし」
うーん!
食欲がすごく勝っているだけではないか、という気もしてきたぞ……!!
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