第159話 黄金の穂……になってきた

 稲が緑から金色に、その色を変えつつある。


「もうすぐですね」


「クロロック、もうすぐとは……」


「稲刈りの時期が近づいているということですよ」


「ついに……!!」


 一面の田が、長粒種のところから短粒種に向かって、徐々に見慣れた秋の姿に変わっていく。

 美しいグラデーションだ。


「きれいだねえ」


 これを見て、カトリナがしみじみと呟いた。

 麦の穂が揺れる姿も、綿花が白く綿を吹いて咲く様子もきれいなもんだ。

 だが、稲のこの姿は格別だった。


 等間隔でみっしりと植えられた稲穂が、風に吹かれて揺れる。

 緑の草原から、金色の草原へ。

 これの一つ一つがお米になるのだ。


 この間やって来た父親が曰く、「米の収量は、同じ面積で育てた麦の十倍近くになるぞ」だそうだ。

 とんでもない量である。

 この美しい草原は、美味しいお米をたっぷり生み出す草原でもあるのだ。


 早く勇者村産のお米が食べたーい。


「クロロック、あとどれくらい掛かるんだ?」


「長粒種はもうすぐでしょう。あと数日したら田の水を抜いて、稲刈りを始めます」


「ついについに!!」


 俺、大興奮である。


「よかったねえ、ショート!」


「ああ! これでみんなに米を食わせてやれる! いや、お米への思い入れが強い俺の独りよがりかも知れないが」


「んー、そうだねー。私も最初は、食べたことがないものを食べるのに、それなりに抵抗はあったんだけどね。でも、ショートと一緒にいると、いつも新しいものを食べるじゃない? そしたら、みんな美味しいんだもん。食わず嫌いしてたらいけないなって思えるようになったの。村のみんなも一緒だよ!」


「カ、カトリナー!」


 ひしっと奥さんを抱きしめる。

 カトリナと一緒になって本当に良かったなあ。


 クロロックはこれを見て、クロクローと喉を鳴らした。

 しばらく、こんな感じで過ごす。


「カトリナー! マドカちゃんすごいうんちしたよー!」


「んまー!」


 ミーと、彼女に抱っこされたマドカの元気な声が聞こえてきた。

 そして、俺とカトリナの熱烈なハグを見て、「おっ」とか言って立ち止まるミー。


「これはお邪魔しちゃったかなー」


「あー、うー!」


 手をバタバタさせるマドカ。


「いやいや、いいんですいいんです」


「マドカー、こっちだよー」


 パッと離れて、マドカを迎え入れる俺たちなのだ。

 世の中には、子どもができても基本的にほったらかしの国というのもあるらしい。

 例の共和国なんかはそんな感じで、近隣の国から雇ったベビーシッターに全て任せるらしい。


 うちの村は、村全体で育てる主義だ。

 どこにでも、その土地のスタンスってのはあるからな。


 マドカはすげえうんちをしたということで、スッキリした顔をしている。


「マドカさんも、肥料を作ることに協力してくれているようです。将来有望ですよ」


 クロロックが嬉しいような、嬉しくないような評をした。

 これ、こいつの最大限の称賛なんだよな。


「ありがとうクロロック。めちゃくちゃ食う子だから、きっともっとたくさん出すようになるぞ」


「ショート! 女の子なんだから!」


 カトリナに肘打ちされた。

 痛い痛い。

 カトリナの肘打ちは、一撃で平均的民家の壁に穴を穿つ破壊力がある。


 小柄なぶん、オーガとしてのパワーが凝縮されたりしてない?


「でも、本当にきれいだねえ。どうして金色になるの?」


 ミーが質問をしてきたので、クロロックがカッと目を見開いた。


「良い質問です。出穂しゅっすいと言ってですね。籾が栄養分を溜め込むために、根も幹も葉も、全ての養分を送り込むのです。言わば、命全てを籾に捧げたが故の美しさと言いましょうか」


 稲の一本に優しく触れるクロロック。


「ご覧なさい。これが赤らんでいれば、病気にやられているということです。ですが、どこもかしこも、美しい金色。これは素晴らしいことです。なぜでしょうか? 我々が丁寧に、愛を込めて稲を育てたことは間違いないでしょう。ですが、ここは南国。ましてや、乾季において多くの水を湛える田です。多くの虫や病が集まってきてもおかしくはない。これは……土地の力が影響しているのでしょうか」


「ははっ、土地は普通の土地じゃないか」


 俺は笑って返した。

 だが……言われてみれば……。

 俺が手ずから植え、トリマルが巡回し、そして世界最高戦力が揃った勇者村の肥料で育てられた稲。


 ありうる。

 食味を上げるために品種改良せねばと思っていたが、思った以上にとんでもない米ができあがる可能性がある。


 楽しみすぎる。


 長粒種の田からは水が抜かれていく。

 これを、トリマル率いるホロロッホー鳥軍団は名残惜しそうに見つめていた。

 散々、この水田で泳ぎ回り、雑草やら虫やらを食べてきたからなあ。


 乾季と雨季で、ホロロッホー鳥の食生活は大きく変わるなあ。


「刈り取りの時期には注意ですよ。早すぎると収量が落ちますし、遅すぎると食味が落ちます」


「ほーん、奥深いんだなあ……」


「全ての作物は奥深いのですよ。収穫のための最適な時期というものはあります。じっくりとやっていきましょう」


 その後、クロロックはカタローグに農学の魔本を招集し、田んぼの傍らでワイワイと会議を始めた。


『えっ、この稲、明らかにおかしくはないか? 魔力に満ち満ちているというか』


「ショート様が手ずから植えた米から、龍脈が生まれていますな。他の畑でも同じような傾向がありましたが、田においてはその傾向が強い。これは一体……」


「愛でしょうね」


『愛!?』


「なぜそこで愛!?」


「神をも超える力を持つショートさんが、愛情を込めて育てたお米ですからね。食味はともかくとして、凄いことになりそうですよ」


 食味はともかくとか言うな。

 かくして、稲刈りの時期がやって来るのである……!

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