第158話 ヤギに赤ちゃん、マドカは掴まり立ち?

 最近、三匹のヤギのお腹が大きいなと思っていたら、どうやら赤ちゃんがいるようである。

 えっ!?

 とびっくりする俺。


「ミルク出るもんねえ。そりゃあ赤ちゃんいるでしょう」


 当たり前のようにカトリナ。

 そう言われればそうなのかもしれない。


 先日の海水浴から戻ってきたカトリナは、しばらくの間、どれだけ海水浴が楽しかったのか、パメラの角が注目されたが、コスプレということで納得されただとか、海の家の焼きそばとラーメンとカレーが美味しかったとか、そういう話をたくさんしてきた。


 やっと、海水浴の熱も冷めてきた頃合いである。

 だが、どうやら日本で食べたカレーを再現しようと、色々考えているらしい。

 オーガは自分から何かを考え出すというのが苦手な種族なので、かなり苦戦しそうではあるが。


 ブレインやクロロックやカタローグやピアと言った面々が集まり、いつ生まれる、どこで産ませる、子ヤギは誰が育てる、と会議を始めた。

 この面子にピアがいる以上、本人がやる気満々なのだろうが。


 というか、勇者村の頭脳の中に当たり前みたいな顔して入っているのが凄いな!?

 途中で、カトリナが差し入れの焼き芋とお茶を持っていった。


 その間、マドカを見るのは俺の仕事である。

 緑の穂を揺らす田を、一面に望める丘の上。

 ここに俺とマドカがいた。


 ちなみにこんな丘は勇者村に無かったので、作った。

 地面を隆起させて、雰囲気たっぷりのをな。

 自生していた木を利用して、日陰だってバッチリだ。


「んま!」


 マドカが何か指差している。


「どうしたどうした」


「あーい」


「マドカの指の先には……おお、トリマルたちじゃないか。よく見つけたなあ」


 田んぼの中を、ホロロッホー鳥たちがすいすい泳いでいる。

 緑の中に緑の羽が溶け込んで、完全に保護色なのだ。


 野生種のホロロッホー鳥も、あんな感じで緑の中に隠れているのかも知れないな。


「ま、ま、ま、ま!」


 マドカが手をばたばたさせた。

 激しい手の動きでバランスが崩れて、ころんと転がる。


「あー。ばたばた暴れるから。まだマドカはハイハイできないもんなー」


 結構大きくなっているが、まだ七ヶ月目をちょっと過ぎたくらいの赤ちゃんなのである。

 この時点で、すでに母乳半分、離乳食半分、やや離乳食が多いか? くらいのバランスになって来ている。

 なお、ちゃんと食べ物を食べるので、マドカのうんちは順調にくさくなっている。


「ほらマドカー」


 俺が手を差し伸べると、マドカは力強くガシッと掴んできた。

 うおっ、なかなかのパワー。

 そして、んむむむむむむっ!!と何やら踏ん張る顔をした。うんちか!?


 そうではなかった。

 いや、それどころではなかった。

 マドカが、腕力に物を言わせて、体を持ち上げようとしているのだ。


 ま……まさか、たっちするのか!?

 既に、近づく蚊を小規模な魔力爆発で粉砕できるようになったマドカだが、まだまだ身体能力は赤ちゃんなのだ。

 ここで掴まり立ちをするということは、マドカにとって大いなる一歩となる。


「んんんんんんんんー!!」


 ぐぐぐっとマドカの頭が持ち上がる。

 足が地面を踏みしめて、力がこもっているのが分かる。


「がんばれ、がんばれマドカ!! そこだ、いけーっ!!」


 俺の声援を受けて、マドカはがんばった。

 ついに、仰向けからブリッジしてるみたいな姿勢まで体勢を持っていき……。


「んー」


 ぱたっと力尽きた。

 また寝転がってしまった。


「体力の限界かー。だがこれ、すぐにハイハイを始めそうだな。……もしやマドカ、ハイハイをする身体能力は育ってきたが、やり方を知らないのでは……?」


「んま」


 俺の言葉が分かってないなりに、それっぽい返事をしてくるマドカ。

 今は髪の毛を束ねてちょんまげにしているが、それに草が絡んで大変なことになっている。

 そんな姿も大変かわいい。


「マドカ、ひっくり返るんだ。こうだぞ、こう」


 俺はうつ伏せの姿勢になった。

 マドカがじーっとそれを見ている。


「そしてこう! こうやってハイハイするんだ」


「うー?」


 訝しげな顔をされた。

 本人にやる気がなさそうなので、俺がマドカをうつぶせにひっくり返す。


「それ、コロン」


「んま!」


「そしてハイハイだ、ハイハイ。こう!」


 俺がハイハイしてみせると、マドカは目をまんまるにして、じーっと見ている。そしてにこーっと笑った。

 かわいい。だが何も伝わっていないな……!?


 まあいい。

 ハイハイは後日ということにしよう。


 ヤギの赤ちゃん会議が行われている図書館から、カトリナが出てきた。

 マドカを抱っこして合流するとしよう。


「行くぞーマドカー」


 抱き上げると、マドカが手足をバタバタさせた。

 今になってやる気を出すのか!

 どうやらやる気のスイッチが入るのが遅いな、マドカさんは。


 そう言えば最近、マドカの額にある一本の角が目立たなくなって来た。

 盛り上がりが小さくなっているというか……。


 俺が魔力を捉えると、角は魔力の塊として成長している。

 光学的に視認できなくなっていっているのだ。

 角があった位置に前髪がかかるようになっているし、傍目には人間の赤ちゃんとあまり変わらない。


 この魔力角、一体どういう力があるんだろうなあ。

 俺は魔力に直接触れるので、つんつんしてみた。


「んぎゃー!」


 お、いやがったいやがった。


「あー、ごめんなー。魔力直接触るのいやだよなー。お父さん次からはやらないからなー」


「んま」


 どうも俺の言葉を理解しているような、理解していないような。

 赤ちゃんとはまことに不思議なものである。


「ショート、おまたせ! マドカ、いい子にしてた?」


 そうだ。

 カトリナに、マドカの掴まり立ち未遂の話をせねばな。


 うちの子は日々、もりもりと成長していっているのだ!


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