第154話 見たくないものほど見に行きたくなる
正直、魔王関連は面倒くさいのであまり触りたくないのだが、人間、そういう見たくないものほど気になって見に行ってしまうものである。
俺もそうだ。
ということで、休みの合間にバビュンと空を飛び、ポリッコーレを見に行った。
「うひょお、こりゃあ大変なことになっているなあ」
以前は文化的で、ひょっとするとワールディアで一番文明が進んでるんじゃないかと思っていたポリッコーレ共和国。
だが、その姿は見る影もない。
外をなんか地味な格好をした人がこそこそ歩いていて、あちこちの街角には監視するための兵士みたいなのが立っている。
建物の色も全部無彩色に塗り替えられていて、灰色の国になっているではないか。
あちこちに、『正義のための戦いを! 真実に目を向けよ!』みたいな文言が張ってあり、これが国家的スローガンらしい。
ほうほう、自由と正義を愛する国が、それを先鋭化させていったら自由と正義がなくなったみたいなすごい状況だな。
俺はこれを微笑ましく眺めていた。
すると、俺の目の前に、見覚えのある赤い髪の女の子が現れる。
魔王である。
「まさか勇者自ら乗り込んでくるとはね」
「ああ。例えば……例えばの話だ。買っておいたパンをカバンの中に忘れていたとする。そして存在を忘れたまま連休を過ごし、とっくに消費期限が切れたパンがカバンの中に入っている。どんな恐ろしい姿になっているのか、見たくはない。見たくはないが……思わず見てしまう。そんな時がないか?」
「まあ、分かるけど」
庶民的な魔王だ。
「それがこの国だ」
「一緒にしないでよね!? せっかく人間たちの心のなかにある綺麗事を膨らませて、それにがんじがらめになった彼らが身動き取れなくなるまで育て上げていっているのに……」
「ほう、これ、世界中に広げるつもり?」
「この国に飽きたらね。私、箱庭を愛でる性格なの」
「ほうー。じゃあこっちに手出しする気になったら言ってくれ。叩き潰しに来る」
「さらっととんでもないことを言う勇者ね。どっちが魔王だか分からないわ。だけど、戦う気が無いなんて意外。一戦交えるかもって思って、色々準備してきたんだけど」
「やってもいいが、俺の一撃でこの国が壊滅するからな」
「下に人間の国があるのに手加減しないの!?」
「この国はまあいいかなーって」
「ひどい」
魔王アセロリオンがちょっと笑った。
「私はウエストランド大陸全土を支配するわ。そうしたら、ミディアム大陸にも攻めてあげる。正直、あなたとは戦いたくないけど、でも世界を征服し尽くしたくなるの、魔王の本能なのよね」
「ははあ。マドレノースは世界をほぼ支配した状態になってて、自分は羽化を終えた完全体だとか言ってたが、あれを目指してる?」
アセロリオンが顔をしかめた。
「やだ。あなた、完全体の魔王を倒したの? ありえない……。そんなのもう、勇者じゃなくて新しい魔王みたいなものじゃない。ほぼ支配された状態って、そこから状況をひっくり返した話なんて、早々ないのよ? せいぜい、隣の星系に降りたオルゴンゾーラがミスしてしくじったくらい」
「魔王の事情も色々あるんだなあ。あ、ちょっと待ってね」
コルセンターから呼び出しである。
勇者村からなので、これはカトリナだな。
「はいはい」
「ショートー。お昼ごはんできるよー」
「分かった、今戻るー」
「あぶー」
「おー、マドカー。可愛い可愛い」
コルセンターに手を伸ばして、愛娘のほっぺをぷにぷにする。
「ぶう」
マドカがいやがって俺の手をぺちぺちした。
「……ということで帰る。じゃあな」
「何しに来たのよ」
呆れた魔王の目をスルーしながら、俺はシュンッで移動するのである。
ポリッコーレから勇者村までは、セーブポイントをたくさん設けてあるので、それを伝って楽に移動できる。
万一魔王がこれをたどってやって来ても、俺が即座に察知して殲滅できるので安心だ。
「おかえりー」
戻ってきた俺をカトリナが出迎えた。
ふと気づくと、カトリナの横に特別性の椅子が据えられている。
食卓に高さがあっており、持ち運べるような軽量タイプ。座席は小さく、まるで赤ちゃんでも座るような……。
「ハッ、まさかこれは、赤ちゃん用椅子!!」
「おう、そうだぞ」
ブルストが自慢げである。
「私が設計をして、ブルストさんに作ってもらいました。座席のサイズを変えれば、成長しても使えますよ」
ブレイン設計、ブルスト作成!
この世界に存在しなかったものである。
だからこそ、ゼロから設計して作り上げるまでに、日にちを要したのだ。
「んまー!」
「あーい!」
「たかーい!」
マドカとサーラとビンが歓声をあげる。
サーラにとっても、自分専用の椅子というのは初めてなので、かなり興奮しているようだ。
ペチペチ椅子を叩いて、母親のスーリヤに何か赤ちゃん語で訴えている。
マドカは椅子について触ったりするのはすぐにやめて、食事に集中しだした。
好奇心よりも目の前の食事である。
カトリナが差し出す匙の上から、ふやかしたうどんなどをもりもりもりもりーっと食べている。
「ビンね! いしゅ! おとなみたいらねー!」
ビンが鼻息も荒く、俺に訴えかけてくる。
「そうだなあ。ビンもちょっと大人に近づいたな!」
「やったー!」
「ビン、めちゃくちゃ喋るようになってるよなあ」
「そうなんですよ。うちの子、びっくりするくらい喋って。すげえなあ。俺がちびの頃はこんなにいろいろな言葉喋らなかったよ」
フックが嬉しそうに、ビンの頭を撫でる。
「環境がすごくいいもん。周り、頭がいい人ばっかりだから、ビンも頭良くなってるんだよね。もしかして、あたしたちよりも頭がいいかも!」
「ま、まっさかー!」
ミーの言葉に、フックが笑った。
ちょっと引きつり笑いだったな。
だが、案外、子は親を超えたりするものである。
握りしめた匙で、うどんを食べ始めるビン。
うどんをどこまでも食べ続けるマドカ。
専用椅子ができて、ちょっとご飯を食べるようになったサーラ。
赤ちゃん軍団を見回しながら、俺は呟く。
「よし、うちの村は子どもの個性を伸ばしていこうじゃないか」
勇者村は、緑と土の色、そしてあちこちに咲き出した花の色に溢れている。
共和国の灰色の風景よりは、ずっとこっちの方がいいもんなあ。
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