第153話 海乃理とパワース、出かける
「こんちはー!」
最近、図書館に開きっぱなしになっているイセカイマタニカケ。
これがぐいっと開いて、海乃理が遊びに来た。
母親が隔日で来てるからな……。
もう誰が現れても驚かない。
「ショート君、ちょっとパワース借りてくね」
「なにぃっ」
海乃理がパワースの腕を取って、引っ張っていく。
パワースもちょっと嬉しそうである。
「お、お、お前、パワースと何をするつもりだあ」
「えー。いいじゃん。こっちは夏休みなんだよ? 予定が入ってないから、せっかくならパワースと遊びに行こうかなって。あのね、私は免許を取ったのだ」
じゃーん、と海乃理が免許証を見せる。
あー、そう言えば俺も免許持ってたな……。
そう言うのもあった、忘れてた。
「パワースを乗せてドライブ?」
「そ! 日帰りでねー、男鹿半島の方に遊びに行くの」
「近いっちゃー近い……。いやいや! 許しません、兄は許しませんよー」
「ショート君、なんでお父さんみたいなこと言ってるの。こんなショート君ほっといて、行こ、パワース。私の車に乗せたげる! まあ、お父さんの車なんだけど」
「安心しろショート。俺はこれからはゆったりと無理のないペースで行く」
「ぬううう。仕方ない、信じているぞパワース」
彼の言うことを信じて送り出した。
フラグになってくれるなよ。
二人が去っていった後、俺はカトリナからマドカを預かったので、それどころではなくなった。
マドカのおしめを替えたり、お腹が減って騒ぐマドカに、離乳食のふやかしたうどんを与えたりしていたからである。
このうどんは魔法で超高速で生成した。緊急事態だからこういう趣のないことも許されるのである……!!
「うままま」
「満足したか。本当によく食べるなあマドカは。さらに大きくなったなあ」
そろそろ、サーラよりも大きくなるのではないか。
すると、次なる背丈の標的はビンである。
だが、外をパタパタ走り回り、好き嫌いはあってもたくさんご飯を食べるビンも、めざましい成長を遂げている。
一朝一夕では、ビンに追いつくことはできまい。
マドカはお腹いっぱいになると、ぷすーぷすーと鼻息を立てて寝てしまった。
たくさん食べてお昼寝する。相撲取りのように大きくなるに違いない。
寝ていると湯たんぽのように暖かくなるマドカを抱っこしていると、悩みなど全て忘れてしまうな。
魔王も海乃理とパワースのことも全て些事……。
いやいや、前者はともかく、後者は気になるなあ。
お兄ちゃん心配だなあ。
どっちもよく知った人間だけに、その人間関係がどんな化学変化を起こすのか想像もつかない。
将来どうするんだあいつら……。
海乃理こっち住むの?
パワースはあっちで仕事ないだろ……。
「ぬぬぬぬぬぬぬ」
「ショートはミノリさんが絡むといっつも難しい顔をしてるねえ」
夕食の仕込みを終えたカトリナがやって来た。
「ショートには助けてもらってばかりだから、今日はカトリナさんがショートのお話を聞いたげよう」
そう言って、彼女が隣に座った。
いい奥さんである……!
「俺的には二人の将来が心配でな」
「親目線だねえ……」
カトリナが微笑む。
「私はね、多分ミノリさんがこっち来るんじゃないかなって思うよ。こっちにも、ミノリさんと仲のいい人増えてきてるし」
「そうなのかー」
「私」
自分を指し示して、ちょっと得意そうなカトリナ。
「カトリナだったのかー! そう言えば年も近いもんなあ」
「そうだよー。あと、ミーがミノリさんと同い年だよ? もっとも、あっちの世界って月ごとに誕生日があるんでしょ? こっちだと、ぐるっと一年回ったらみんな一緒に歳を取るから、ちょっと違うかもだけど」
ワールディアの年齢計算はかなり大雑把だもんな。
十三ヶ月三十日が一年なので、一年は地球よりちょいと長いのだ。
で、二年くらいで季節と月がずれるので、三年目は十二ヶ月とか十一ヶ月になって無理やりバランスを取る。
暦も大雑把だ……。
「話がずれちゃった! ええとね、だからね、ミノリさんはこっちに来ても楽しいって思うんだ。ミノリさんの話を聞いたら、向こうのシューショクカツドーっていうの? 大変だって。こっちだと、お仕事はたくさんあるのにね」
「そうだなー。就職活動は大変だなあ……」
俺は遠い目をする。
もう二度と思い出したくないな! お祈りされるだけの日々。
「でも、あっちはあっちで、学校があったりさ、色々あるわけだよ。娯楽も豊富だ。子どもが生まれたら、どっちで暮らしてるのが幸せなんだろうな」
「こっちだよ」
カトリナが即答した。
「おお……」
「だって、ショートが魔王をやっつけてくれたもん。それで、こんな素敵な村を作ってくれたでしょ。絶対こっちの方が幸せに決まってるよ。そりゃ、ピアちゃんの話を聞いたら、美味しいものがたくさんあって、凄い乗り物があって、お米だってたくさん育ててて、凄いって思うけど。でも、凄いのと幸せなのは違うでしょ?」
「あー、確かに!」
目から鱗だった。
凄いものがたくさんあるということは、それを作り出し、維持する必要があるということだ。
作り、維持し、運び、そうして仕事は細分化され、自分の目からはどの仕事のどこを受け持っているのかが分からなくなってくる。
仕事の意味というのが見えづらくなってくるんだ。
消費者に回ったときは幸せだけど、生産者や中間で働く人間になった時、その仕事は幸せだろうか。
幸せな人もいるかも知れないが……。
俺の好みは、自分がやらねば何も起こらない、この未開の大地で、やる意味がはっきりと分かる仕事をしていくことだ。
そして、手に入るものは身の丈でいい。
発展しまくったって、ポリッコーレみたいになったら本末転倒だもんな。
「そっか、そうだよなあ! ありがとうカトリナ! なんか頭がパーッと晴れた気分だ」
「そお? むふふ、お役に立てたなら嬉しいなー。じゃあショート、優秀な奥さんにご褒美をくださいな」
「ご褒美!?」
カトリナは俺の膝からマドカを取り上げると、彼女自身が俺の膝の上に座ってきた。
「優秀な奥さんと、可愛い赤ちゃんをぎゅっと抱きしめることを許します!」
「なるほどお! ではお言葉に甘えて……!」
てなわけで、俺の中で色々と整理整頓がついていくのだった。
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