第148話 愛しきもの、汝の名は海鮮丼
釣り大会で、大変に魚介類への愛着が深まったのである。
ということで、海の王国まで買付けに来た。
海の王国と言えば、マドカ誕生前にカトリナと新婚旅行に来たところである。
今回も、カトリナとマドカが一緒だぞ!
ハハハ、親子旅行というやつだ。
なにげに村から出るのが初めてなマドカ。
あちこちをじーっと見ては、「んま!」と指差している。
握力も増えてきたようで、指先を形作る拳が力強い。
「そうだねー、海だねえ」
「んまむー」
「そうだねー、お船さんだねー」
「ぴゃーおうー」
赤ちゃん語が全開にされておるな。
二人を連れて、シュンッで移動してきたのだが、実はマドカを運ぶ時、ちょっと魔力的な抵抗をしてきたので苦労した。
そっと柔らかい魔力のプチプチで包み込み、マドカがプチプチに反応しているうちにこっちに持ってきたのだ。
赤ちゃんだというのに、俺の魔力に抵抗できるとは。
末恐ろしい……いや、楽しみだな!
だが、あまりに強くなりすぎると、彼氏とかできないんじゃないかとか思ったりして、お父さんは心配だよ。
だがマドカの彼氏は俺を倒さない限り認めんからなッ。
海の王国の入り口に立ち、門の責任者と話をする。
「勇者ショートだが、最近海の向こうがきなくさいだろ。ハグ砂連合に加わらんかと誘いに来た。王様に話を通しておいてくれ」
「はっ、はい!! すぐ伝えてきます!!」
兵長らしき人物が、顔を真赤にして敬礼する。
後で聞いた話だが、この兄ちゃんは魔王大戦の時、俺の戦いを間近で見ており、大ファンなのだとか。
兵長は全力疾走で、城に向かっていってしまった。
「ショート、海の王国も仲間にするの? 確かに、美味しい海の食べ物が取れる国は大切だもんね」
「ああ、その通りだ。俺はな、海産物から出汁を取りたいんだ。そのためにはこの海の王国を守護らねばならぬ……!!」
俺はとても真剣な顔をした。
ちなみに、俺たち夫婦は顔パスで国に入れる。
新婚旅行で半年ちょっと前に来たしね。
マドカも抱っこされている状態だと自由が利かないだろうということで、乳母車を買っていくことにした。
人魚柄の可愛い乳母車である。
マドカをこれに入れると、彼女はハッとした。
初めての乳母車!!
いや、それっぽいものはブルストも作ってた気がするが、こういうのは専門の職人が作ったものの方が乗り心地がいいものだ。
車を押すと、王国の石畳をガラガラと、小気味良い動きで走り出す。
「んままー!」
マドカが興奮して、車をばんばん叩いた。
「気に入ったみたい」
「うちの子はアクティブだからなー」
乳母車にマドカを乗せて、あちこちのお店を覗く。
勇者と奥さんと赤ちゃんの来店に、どこの店も沸いた。
「勇者様! またいらしてくれたんですね! どうぞ見ていってください!」
「こっちこっち! 新しい干物を作ったんです!」
「勇者様、今回こそ海鮮丼を食べていってください! 実はセントラル王国からお米を取り寄せまして、海の王国の最高級料理に……」
「なんだって!!」
海鮮丼と聞いて、俺は文字通り飛び上がった。
しかもセントラル王国のお米ということは、本物の海鮮丼ではないか。
海の王国では魚醤を作っているので、これを掛けて食うのだろう。
わさびが無いのは仕方ない。今度開発する。
「カトリナさん、マドカ……」
二人をじっと見つめる。
さすがはカトリナ、すぐに察してくれた。
「いいよ! ショート、お腹いっぱい食べてきて! じゃあ、私とマドカは麺の料理を食べようかなー」
「うままー!」
ご飯らしいということに気付き、マドカが目をキラキラさせた。
赤ちゃんがいると、夫婦で一緒に飯を食うのはなかなか難しいものだが……。
「あたしが赤ちゃんのお世話をしますね。こう見えて、六人産んで育ててきたんですから!」
恰幅のいいおばちゃんがやって来て、マドカにご飯を食べさせてくれることになった。
ちなみにこの人は、海の王国商店街の会長婦人である。
お金持ちなので、本来は子どもを乳母などに育てさせるものなのだが、彼女の趣味は子育てだった。
趣味と実利を兼ねて、数人の乳母を助手にして、六人の子どもを育てているということである。
きちんと雇用も生み出している。偉い。
マドカは、おばちゃんの「ほら、あーん」の腕前に感服し、素直に口を開いて食べ物をもらっている。
赤ちゃん用に柔らかく煮られ、短くカットされた麺。
魚介出汁たっぷりで旨味もある。
「んみゅー」
おお、満足げである。
生後半年ちょっとにして、旨味を理解するかマドカ。
俺の隣では、カトリナももりもりと麺料理を食べている。
麺料理に入っている、出汁の染みた煮魚が美味いらしい。
「今度村でも作ってみようかな」
「おお、ぜひとも!!」
村の食生活が豊かになる!
食が楽しいと、人生は全部楽しくなるからな。
そして、俺の海鮮丼が運ばれてきた。
海の王国の魚醤は魔法が掛かっている。
生物に住まう雑菌やらなにやらを、不活性化してしまう魔法である。
なので、この国のお刺身は魚醤を使いさえすれば、妊婦でも赤ちゃんでも食べられる。
ただし、今回は念の為に、マドカには火を通したものを食べてもらっているのだ。
繊細な赤ちゃんの舌には、刺し身は生臭く感じたりもするしな。
だが、俺の舌にとって海鮮丼は最高のご馳走だ!
プリプリした新鮮な刺し身が!
ねっとりした頭足類の刺し身が!
口の中でとろける貝類の刺し身が!
魚醤の染みたホカホカのご飯が!
うめえ!
うめえ!
うめえ!
「うまいうまい」
涙を流さんばかりに、ガツガツと食べた。
あっという間に平らげて、放心状態になる。
幸福はここにあった。
いや、口福である。
「これは……お米ができるようになったら、ショートにおんなじもの食べさせなくちゃ……!」
何か固い決意をしたらしいカトリナである。
そうこうしていると、外が騒がしくなってきた。
「国王陛下、おなーりー!」
あっ、国王が直々に会いに来たのか!
飯屋にて、俺と海の王国の王が会談することになるのである。
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