第147話 元勇者、奥さんを応援する
「うおーっ、がんばれ、がんばれカトリナー!!」
「あぶー!」
俺とマドカでぶんぶん腕を振り回して応援する。
当のカトリナは大変気恥ずかしそうだ。
「もー、やめてよー」
ちょっと赤くなりながら振り向きつつ、その腕はしっかりと釣り竿を握っていて微動だにしない。
いや、竿の先端が少しずつ動かされて、釣り糸と針がまるで生き物のように、川面をちょんちょんっと動いていくではないか。
職人の技!!
「あ、来た」
すぐさま、魚は掛かった。
カトリナの釣り竿さばきに翻弄され、川魚は釣り針を虫だと誤認したのである。
「よっ……と!」
ばしゃばしゃ暴れる魚を、ぐんぐん川べりに引き寄せるカトリナ。
「とう!!」
スポーンっと水中から、魚が引っこ抜かれてきた。
ぬおっ、でかい!!
「大きい!」
「でけえ!」
ハナメデルとエンサーツも驚愕する。
カトリナの腕まるごと位の大きさがある、まるまると太った魚である。
川原に落ちて、ピチピチしている。
「ツアーッ!」
俺は駆け寄り、気合一閃、魚を摘んで桶の中に入れた。
「ほう、これはアブラトゲナシトゲトゲモドキトゲウオですね」
いつの間にかやって来たブレインが、魚を即座に鑑定した。
「は? 今なんて?」
「アブラトゲナシトゲトゲモドキトゲウオです」
「トゲないじゃん」
「そりゃあ、トゲナシトゲトゲモドキですから」
何を当たり前のことを、という顔のブレイン。
ハナメデルもエンサーツも、解せぬ、と首を傾げた。
一方、カトリナは大喜び。
「うわーっ、これならあと一匹掴まえたら、村のみんなで食べられるねえ! 頑張って釣っちゃおう!」
釣り糸を川面に投げるのである。
いいぞいいぞ、頑張れカトリナ! かっこいいぞうちの奥さん!!
ちなみにカトリナは、ブルストからずっと釣りを教えられており、暇な時には時たま釣りをしたりしていたため、かなりの腕前を誇るのだ。
あと、なぜかカトリナの釣り針にはよく魚がかかる。
師匠たるブルスト曰く、「欲がねえのと、針の動かし方がべらぼうに上手いんだ。カトリナのあれは天性のものだな」とか。
釣りの天才……!!
主に川釣りだけど。
今度、海の王国に行った時には海釣りも体験させてあげよう。
お出汁のもとを買い付けにいかないといけないから、どうせ近々海に向かうんだ。
そうこうしているうちに、カトリナが何か大物をまた釣ったらしい。
いや、でかすぎて水から上がってこないようだ。
「ひえー! 大きいー!!」
「手伝うぜ!」
「カトリナさん頑張って!」
エンサーツとハナメデルが、両脇からカトリナを支えている。
持っていかれそうな程のパワーだと!?
そんなにこの川深かったっけ!?
いや、そんなことを考えるどころではない。
俺は今、釣りの禁を破り、奥さんを守る……!
「マドカ、ちょっとここで待っててな」
「あい!」
おっ、ちょっと言葉が通じた気がした!
マドカを川原のくぼんだところに置いておいて、俺は川に飛び込んだ。
水中で、でかいずんぐりした魚が暴れている。
これはさっきの魚のでかいやつ!
トゲナシトゲモドキとか言ったな!
悪いが、カトリナに釣られた以上、お前には釣り上げられてもらう!!
「ツアーッ!」
俺は水中を突進する。
体当たりをぶち当てると、トゲモドキウオとやらは水面から跳ね上がった。
「今だカトリナ!」
「えーいっ!!」
カトリナがオーガのパワーで、跳ねたトゲウオを引き寄せた。
慌てて、エンサーツとハナメデルが逃げる。
そして、巨大トゲウオは、カトリナの真横にずどーんと落ちてびちびち跳ねるのであった。
「あぶあー!」
マドカがびっくりして、パタパタ手を動かしている。
「おっきいさかな!」
ビンの声である。
トテトテトテっと駆けてくる足音と、「ビンさんあぶないっすよ!」というルアブの声。
「じょぶー! ちょーっ!」
ビンの気合の声が響き渡った。
すると、足元の石が組み合わさっていき、大雑把な感じの石の桶になる。
そして、巨大トゲウオが持ち上がり、桶の中に叩き込まれたのであった。
「すげー! ビンさんすげー!」
「ホロホロー」
「もがー」
勇者村ちびっこ軍団がわいわいと騒いでいる。
見かけないと思ったら、川原を走り回っていたのか。
「だがお手柄だぞ! 今夜は魚のステーキだ!」
「ほう、大したものですね。これはアブラトゲナシトゲトゲモドキトゲウオの成体ですね。年を経るほど大きくなっていくといいますが、これほど大きいものは見たことがありません。きっと、川の主と呼ばれるような存在だったのかも知れませんね」
かくして、釣りはカトリナが大物を立て続けに釣り上げたので、実質優勝ということになった。
実はトラッピアも釣りの腕がいいらしく、ほどよい魚を何匹か釣り上げていたのには驚いた。
あれか、俺だけボウズか。
「まあ、そのようなわけで」
トラッピアがまとめに入った。
彼女の背後では、木を一本切り倒して作った、特大の串が巨大トゲウオを刺し貫いている。
そして、トゲウオの周囲に俺が魔法で作った炎が渦巻き、じゅうじゅうとその身を焼いているのだ。魔法の魚グリルだな。
「緊急事態になりつつはあるものの、心の余裕は大切ね。この事態には、勇者村の皆の強力が絶対に必要になるわ。常に情報を送るから、いざ事が起こった時には力を貸して欲しい」
英気を養うための魚釣り大会であったということだ。
その後、巨大トゲウオは解体され、みんなでがつがつ食べた。
まあまあ大味な魚だった。
「川魚でも出汁は取れるよなあ。何匹か干物にして、うどんの出汁を作ってみるかな……」
俺は考える。
「だが待て。海の魚も試してみねばなるまい。どっちが旨くなるか比較だ。川魚が結構旨いなら、遠出しなくてもよくなるからな……」
夢は膨らむばかりだな。
やる事はたくさんだ。
ちなみにマドカは、まだお魚を食べさせてもらえず、一人不満そうにむくれていたらしい。
生後半年だもんな。早く大きくなるんだぞ……!
いや、まだしばらく赤ちゃんでいて欲しい……!
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