第143話 何かがやって来た気配と、ビンの読書

 バリバリと田んぼの手入れをしながら、作戦会議をする。

 あぜ道には、日傘をさしたカタローグがいる。


「魔本の反応が一つ消えた?」


「ええ。ワタクシ、全ての魔本の所在と中身を網羅しているのですが」


「えっ、初耳なんだけど」


「それはもう、本なので調べてもらわない限りお伝えできません」


「微妙に融通が利かないやつだな!」


 驚いて思わず立ち上がってしまった。

 雑草や虫をパクパクしていたホロロッホー鳥が、びっくりして「ホロホロー!」と鳴きながら離れていく。

 あ、すまんな。


「しかし、だとするととんでもないことになるな。カタローグが一人……いや一冊いれば、あらゆる魔本を探り出して手に入れることができるのか」


「できます。故にワタクシ、魔本の盟主とも呼ばれておりますな。ヨーゼフは最後までそれに気付きませんでしたが」


「へえ、魔道士ヨーゼフともあろう男がか」


「はい。まさかそんな凄まじく便利で都合のいい存在が、サッと手に入ったとは思えなかったのでしょう。疑心のあまり損をしましたな」


「辛い話だなあ。で、なんで俺に打ち明けるの」


「ショート様がワタクシの主であることと、ヨーゼフを超越した魔導の王であらせられるからですな」


「なるほどなあ」


 その魔導の王は、肥料を撒いたり、ホロロッホー鳥たちを誘導して雑草を食べさせたりしているんだがな。


「それで、話は戻るけど、消滅した魔本ってなんなんだ?」


「はい。古代に書かれた強大な魔本の一つで、『時空開闢大全』という気難しい本でして。大変貴重な一冊で、再現は不可能なのですが、ハハハ、まさかこれを使い潰してしまう馬鹿者がいるとは。このカタローグには想像もできませんでした」


「うむ、なんか古いものに価値を認めないやつとかよくいるもんだよ。で、その仰々しい本は、時空というならばあれだな? 次元を繋いだり、それを越えたりできるやつでは?」


「然り。これこそが、ショート様をこちらの世界に召喚した召喚術式の大本となった一冊です。ですが、これを著した者にも、送還の術式を作り上げることはできませんでした。まあ、ショート様とユイーツ神様が、カジュアルに世界間を行き来できる魔法を開発しましたから、特にかの本から得るものはありませんけどな」


 はっはっは、と快活に笑うカタローグ。

 そう言えばそうだ。

 イセカイマタニカケ、しかもめちゃくちゃ維持するための魔力消費が少ないんだよな。


 今では常時発動させてあり、ちょっと近所に買い物に行く感覚でうちの母親がやってくる。

 パートがない時間帯は暇してたもんな。

 最近は張り合いがあって楽しいらしい。


「で、そこからカタローグが読み取るのは何だ? 俺の考えでは、それ、古いものに価値を抱かない連中って心当たりがあってな。そいつらが道具として使って、ヤバいものを呼んだだろ。この世界でヤバいものというと、例えば、魔王とか」


「イグザクトリィ!」


 その通りで御座います!! と拍手するカタローグ。


「この惑星ワールディアは、常にショート様の監視下に置かれています。そこでショート様の目を逃れて、魔本を使い潰す程の存在を呼び込むなら、それはショート様に対抗するための戦力……魔王に他なりますまい!」


「なーるほど。じゃあ、呼び出した地域は終わったな」


「ええ。ポリッコーレ共和国の辺りでしたかな」


「やっぱり。新聞騒ぎといい、ろくなことをしないなあ」


 面倒ごとの気配で、俺はうんざり……しそうなものだったが、そうでもなかった。

 最近、スローライフがメインだったからな!

 たまにはいざこざがある方が、張り合いがあるというものだ。


 どんな魔王なんだろうなあ。


 ホワンホワンホワンと想像していると、小さい足音が聞こえてきた。

 これは、ビンの足音である。


「かちゃろー」


 おお、カタローグの名前まで覚えたか。


「おやおや、どうされましたか、ビン様!」


「かちゃろ、ごほん! ごほんよんで!」


「ほう、今日も読書のお時間ですな! 良いでしょう! ちょうどいい魔本を見繕い、朗読させるとしましょう! いやはや、これほど幼い頃から知識への欲求を持つとは、将来が楽しみですなあ……!」


 カタローグが目を細めてしゃがみ込み、ビンの頭を撫でる。

 すっかり、孫を愛でるおじいちゃんの顔である。


「ということでショート様。ワタクシ、これからビン様と本を読みます」


「ちょーと!」


「おう、俺だぞ。カタローグ、ビンを頼むぞ」


「ちょーとー! はくしゅー!」


「おっ、握手か! いいぞいいぞ」


 田んぼからのしのし出てきた俺。

 ビンのちっちゃい手を握って、ぶんぶん振った。

 キャッキャッとビンが喜ぶ。


 うーん、これからの未来を作っていく手である。

 守りたい、このちびっこ。


「あおねー、ビンねー、まほーねー」


「ほう、新しい魔法を使えるようになったか」


「ショート様、ビン様の言いたいことが分かるのですか!」


「生まれたばかりの頃から見ているからな。よくお守りをしたもんだぞ。昔の赤ちゃん語に比べれば全然分かる」


「あのねー、ビンねー、えいっ! てすうと!」


 ビンがぶんっと手を振った。

 すると、彼の姿が消えて、カタローグの後ろに現れる。


「おー! シュンッを使えるようになったか! 念動魔法に瞬間移動魔法。ビンは空間操作系の魔法が得意なんだなあ。うちのマドカは、直接魔力を使って力技が得意みたいでなあ」


「まおか?」


「そうそう」


「まおかねー、あく、おっきなる、いーねー」


「そうだなあ。大きくなるといいなあ。ビンは難しいことも言えるようになったな。偉いなあ」


 ぐりぐりビンを撫でた。

 さて、お互い満足したのである。


 ビンは読書に出かけ、俺は田んぼの管理に戻る。

 魔王の出現という面倒事が一つできてしまったが、それはそれ。


 ちょこちょこ世界を監視して、悪さがひどい次元にならないようにチェックしておかんとな。


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