第142話 勇者排除計画

 朝のことである。

 コルセンターから応答があり、これはエンサーツのところのだな、と通信を開いた。


「おいショート、気をつけろよ。お前を排除しようって動きが広まってる」


「なんだなんだ、朝っぱらから。どこでだ?」


「世界の半分でだよ」


 いきなり大きい話をされたのである。

 だが、そんな話を聞いても目が覚めないので、隣で爆睡するカトリナとマドカを起こさないように、そろーっと立ち上がる。


 洗顔用の水瓶で顔を洗うぶんの水を取り出しつつ、エンサーツに詳しい話を聞いてみることにした。


「それはつまり、どういうことだってばよ」


「ショート、お前、世界中の紛争や戦争に首を突っ込んだだろ? しかもその戦争を力ずくで止めてしまうようなことをやりまくった。これで恨みを買ってるようだ」


「ああ、そりゃあそうだろうなあ」


 ハジメーノ王国を攻めようとした連合軍は、魔王大戦中に不義理を働きまくって、自分だけ国力を維持しようとしたハジメーノ王国への制裁みたいな感じだった。

 これは、ポリッコーレ共和国による陰謀だったのだが、よくよく見たらその国も戦争に参加して無くて、国力を維持してた上に世界中に新聞を配り、人々の義憤を刺激してあちこちで戦いを起こしていたのだった。


 セントラル帝国の場合、魔王大戦に参加しなかった王弟軍が蜂起し、革命を起こそうとしていた。

 魔王と戦わずに戦力を維持していたとか、アホかと。

 世界が滅ぼされたりしたら、それでおしまいじゃないか。


 その他もろもろ、魔王マドレノースが残した爪痕は世界中にある。

 今になってたまーに思い出すのだが、マドレノースとの決戦の時、あの魔王は色々説明してくれていた。




『このわしは社会を司る魔王! 既にこの世界には、わしがばら撒いた不和の種が満ちている。万が一、貴様がわしを倒したとしても……。人は愚かだ。不和の種を拾い上げ、大事に育て、最悪のタイミングで最悪な事件を起こす! ははははは! 世界は終わりだ! 既に終わっているのだぞ! なあ勇者よ、楽しいな! 楽しいなあ! わしはな、社会を司る。即ち、人と人の繋がりを作り出し、歪め、自在に操り、それを自らの糧とする。社会がある限り、わしは無限に力を得ることができる! なあ勇者よ。わしを倒したとして、希望なき世界が待っていると知っても、なおわしと戦おうというのか? お前の戦いは、永遠に続くというのに……』


『うるせえ!』


 どんっ!


『ウグワーッ!? は、話を聞かない奴!! 社会性の無い勇者! わしの天敵めえ!』




 あー、懐かしいなあ!

 マドレノースは本当に、社会と繋がっている限りは不死で不滅で無限再生をするので、俺ごと世界を削り取って結界に閉じ込めたのだ。

 マドレノースの強大な魔力は、結界すら数分で破壊してしまうところだ。

 なので、その数分で、俺は全力を出しつつ自分に全てのバフをかけ、さらに加速して相手に山盛りのデバフを投げつけ、一撃で倒した。


 俺の結界魔法と、マドレノースの結界がせめぎ合った結果、時空が歪んだ。

 ということで、あの戦いは一瞬のようでもあり、七日七晩続いたようでもあり……かなり曖昧な感じになっている。

 こっちの世界では、俺は数日間姿を消していたらしいな。


 あの一撃以外に、マドレノースを倒す手段は存在しないだろう。

 完膚なきまでに奴は滅んだので、もう出てこない。


 去年、ワールディアを襲って来た新米の魔王がいたが、あれの数万倍くらいマドレノースはヤバいのだ。

 人が作り上げる社会を糧とするから、人間を滅ぼしてなかったに過ぎない。


 ヤツの部下であり、レベル限界を突破した化け物の集まりである無数の魔将たちすら、マドレノースにとってはゲームを簡単に終わらせないようにするための、縛りプレイでしかなかったのである。

 いやあ、我ながらよく勝てたもんだ!


 マドレノース、あれだろ。

 裏ボスみたいなものなんじゃないのか?

 だって去年の魔王とあまりにも強さが違いすぎるだろ。


 ふと現実に戻ってくる。


「おいショート、聞いてるか? とんでもねえことになってるぞ。世界の半分が名指しでお前を批判してだな、世界の国々を集めて会議を開いて、勇者をこの世界から排除しようという話に……」


「うんうん、よく分かる。確かに、国よりも遥かに強い個人とかいたら怖いもんなあ」


 さながら、俺によって戦争を止められた連中からすれば、勇者ショートは第二の魔王であろう。

 辺境に閉じこもって、楽しくスローライフしてるだけだが、存在しているだけで恐怖なのだ。


 いつ、いきなり飛んできて、軍事行動を止められるか分からない。

 いやあ、怖いよなあ。行動原理すら分からない。


 実際は、俺のスローライフを邪魔されたくないだけなんだが。

 つまり、俺は俺の夫婦生活や子育てに、全世界を付き合わせているってことだな。

 うん、こりゃあ迷惑だ!


「特に問題はないぞ。俺は単身で世界を相手にできる」


「そりゃあそうだが」


「ハジメーノ王国も、友好国の砂漠の王国やグンジツヨイ帝国も、他と貿易をしなくても単体で完結できる国ばかりじゃないか。それにセントラル帝国とも仲良くなったし、ホホエミ王国は友好国だぞ」


 この世界にある大国と、勇者村は友好関係を結んでいる。

 となれば、この事件の裏で手を引いているのは、やっぱりポリッコーレ共和国だったりするのではないか?

 俺、この間は新聞社一つをお花畑にしただけだったからな。


「連絡ありがとうよ、エンサーツ! 俺も俺で調べてみるよ」


 俺はそう告げると、通信を切った。


「ショート、誰かとお話してたの?」


「あむー」


 カトリナとマドカが起きてきたからだ。

 すっかり日も昇り、朝になっている。

 さて、今日も一日を始めるとしよう。





 遠く、ポリッコーレ共和国にて。


「代表! お迎えに成功しました」


「素晴らしい! これで、かの魔王の化身、勇者ショートを倒せる! これこそが社会正義なのだ」


「ええ! 力で正義の行いを弾圧するなど、あってはいけないことですからね!」


「お客人を迎えるために使った魔本は、壊れてしまいました」


「もともと古かったのだろう。古いものに価値はないが、こうして使えるならまだマシだ」


「では皆さん、盛大な拍手でお迎えください! 勇者ショートを倒すべくお迎えしました、アセロリオンさんです!」


 わーっと巻き起こる拍手。

 赤いワンピースに、赤い巻き毛の少女が姿を現す。


「こんにちは皆さん! お招き下さって嬉しいわ。わたしはアセロリオン。必ずや、皆さんのお力になりますね」


 わーっと盛り上がる会場。

 集うのは、勇者ショートに恨みを抱く、各国の首脳陣。


 彼らは無邪気に信じている。

 古の魔本の力で、勇者ショートの監視をすり抜けて呼び込んだこの少女が、必ずや勇者による世界の監視を破壊してくれると。

 勝手が許される、自由な世界が訪れると信じているのだ。


 故に彼らは少女の二つ名を知ろうとしない。

 少女の名は、アセロリオン。

 二つ名は真実の魔王。

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