第139話 父とカエルの家庭菜園教室

「この村で一番畑作に詳しいのはワタシですので、専門家として指導して行きましょう」


「おお、あなたはクロロックさん! なんかうちに来たときは人間だった気がしましたが、カエルだったのですなあ。よろしくお願いします」


 父が深々と頭を下げた。

 素晴らしい順応力である。

 クロロックがカエルの人であることに何の疑問も抱いてはいない。


 いや、内心ではハテナマークでいっぱいだが、それを顔に出すのは失礼なのでポーカーフェイスの下に押し込めておけるのかも知れない。

 長年のサラリーマン生活で培われた技術の結晶とも言おうか。


 俺は田を管理しながら、家庭菜園の様子を見ていた。

 母もやって来て、勇者村のご婦人たちを集めて料理教室をやっている。

 あっちでは母が講師なの面白いな。


 ちなみに海乃理はパワースと一緒に図書館デートである。

 気になります。


「あぶあうあー」


「おー、そうだなそうだな。稲が伸びてきたなー」


「あむあー、うばばー」


「マドカもいっぱいお喋りするようになってきたなー」


 抱っこひもでくくりつけてあるマドカが、何かあるとめちゃめちゃ話しかけてくる。

 赤ちゃん語は分からない俺だが、実に楽しい。

 我が娘の成長が如実に分かるな。


 ということで、マドカの子守をしながら田んぼのお守りをせねばならぬ。

 俺は海乃理の様子を見に行くわけにはいかないのだ!


 カトリナは料理教室に参加中だしな……。

 ちらちらと、家庭菜園の方を見ながら作業することにする。


「ひいー、なかなか腰に来ますなあー! あいたた」


「運動不足ですね。鍬は腰ではなく全身で振るいます。こう! こう!」


 クロロックが、年季の入った動きで鍬を振るう。

 あのカエル、うちの村でも畑を耕す作業が一番上手いからな……!

 農業に関しては、未だに勇者村の頂点に君臨している。


 なので、カエルの人だというのに、誰もがクロロックを尊敬しているのだ。

 そんな偉大な男が、家庭菜園を指導している。


「なるほどなるほど……! おお、確かに楽になりました! しかし、土が固い!」


「ええ。土とは固いものです。多くの生物がこれを踏み固め、中では植物が根を張って固定していますから。耕す作業は、これらをほぐし、空気を入れ、土が新たなる命を育めるように作り直す作業なのです」


「な、なるほどーっ!!」


「いい手付きです。その調子です。さくさく行きましょう。はっ、ほっ、はっ」


 クロロックがもの凄い速度で畑を耕していく。

 うちの父が一歩進む間に、五歩くらい動いている。

 全く無駄な動きがない……!


 俺も、あの領域までは全く到達していない。

 凄い男だ、クロロック……!!


 しばらく作業していたら、父がばてた。

 お茶を飲みながら、父の体力回復を待つクロロックである。


「いやあ、でも本当に……ここはいいところですなあ」


「ええ、いいところです」


「空もきれいだし、空気も美味しいし、自然は豊かだし」


「ええ。全て、ショートさんと我々皆が切り開いてきた結果です」


「切り開いて……。翔人も頑張ったんですな」


「無論です。彼もあなたと同じように、農業のことを何も知りませんでした。ですが、貪欲にワタシから知識と技術を吸収し、一人前の農夫となったのです」


 俺は農夫だったのか。


「自然は、それそのものでは我々知的生物を受け入れぬ厳しい存在です。我々は存在するため、畑を作るために、自然を破壊せねばならない。農業とは、いかに破壊した自然を我々の生存に都合よく加工するかという技術です。豊かな自然とおっしゃいましたが、我々が美しいと感じる自然は、作られたものなのです。人の生きる余地があって初めて、豊かであると言えるようになります」


 おお、クロロック哲学!

 人は自然破壊しないと生きていけない。

 全くその通り。肥料を作るためにジャバウォックを狩りまくったりするからな!


「なるほど……。含蓄のあるお言葉だ。確かに、人が消えて荒れ放題になった山里を見ても、美しいとは思わないですからなあ。寂しい感じがします」


「そういうことです。これは動物や植物たちもそうなのですよ。彼らは彼らにできる範囲で、ありのままだった環境を破壊し、生存に適した形に作り変えます。言うなれば生物とは、生きるために周囲を変化させ続ける存在なのです」


「ははあ」


 より哲学的な話になって来た!

 父が目を丸くしているな。


 そうこうしていると、俺の作業が一段落ついた。

 家庭菜園を見に行ってみる。


「んまー!」


 父を見て、マドカがぶんぶん手を振った。

 これを見た父親が、ふにゃっと相好を崩す。


「おおー、マドカちゃーん! じいじだよー!」


「うまー、あばー」


「なんだ、マドカも親父の方に行ってみたいのか。よーし待ってろ」


 抱っこひもを解いて、マドカを父の膝の上に乗せる。


「んま」


 マドカは固定されたところに座れて、満足げである。

 親父がこれ以上ないくらいニコニコした。


「こうしてここを切り開いて、村を作って……そこにマドカが生まれたっていうのは感慨深いなあ……。クロロックさん、ショート、親ってのは、こう、孫ができるとね、今まで必死に頑張って来た人生が、全部無駄じゃなかったんだなあって、何もかも認められたみたいな気持ちになるんだ。ああ、嬉しいなあ……」


「あぶあぶ!」


 振り返って、ぺたぺた触ってくるマドカを、顔をくしゃくしゃにして笑いながら、父が撫でている。

 この人がこうも心情を吐露するのは初めてだな。

 そんなこと考えてたのか。


 だが、俺もちょっと気持ちが分かる気がする。

 もしマドカが成長して、結婚して子どもを……。

 マドカの旦那になろうという男はまず俺を倒してから物を言うがいい……!!


 思わず怒りのオーラが漏れかけた。

 大地が鳴動し、森からは獣や鳥たちの叫び声が聞こえ、天が裂ける。


「ショートさん、まあお茶でもどうぞ」


「あ、すまん」


 クロロックからもらったお茶を飲んで落ち着いた。

 そうだそうだ、まだ先のことだし、それにマドカは赤ちゃんだからな。

 ハハハ、俺としたことが。


「気持ちは分かるぞ翔人……。そしてお前もあと二十年とかしたら俺の気持ちが分かるようになる」


「分かるようになってしまうか……!!」


 妙な感じで、父にシンパシーを覚えてしまう俺なのだった。

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