第138話 遊牧民戦争と家庭菜園

 俺が対応した、遊牧民帝国の戦争の件だが、解決したと思ったら全然解決していなかった。

 不屈の精神を持つ彼らは、俺に一回侵攻を止められた後も、さらなる侵攻を行おうとしていたのである。

 これを止めなければ、この大陸は大戦争に巻き込まれていくであろう。


 どうやったら止まるかなあ。

 俺はそれを考えながら戦場へ向かう。


 それと、うちの父親は本当に勇者村で家庭菜園する気なのか?

 それも考えながら戦場へ向かう。


 どっちも俺の中での比重が同じくらいである。


「うーむ、うちの親は農家と関連が深い仕事をしているが、田畑で働いたことがあるわけではないからなあ。あんな辺境の地で家庭菜園なんか始めてしまって、本当に大丈夫か……?」


「おお、勇者様! 遊牧民帝国は既に三つの村を飲み込み、破竹の進軍を続けております! 恐るべき機動力と戦力! あれ程の力を取り戻していたなんて……」


「あ、おう。多分、魔王大戦で使うつもりで育てていた馬が、今になって成熟したんだろう。で、その力を発揮するために侵略戦争を開始したんだ。向こうからすりゃ、領土拡張戦争だな」


 ここは、ハジメーノ王国他、近隣国家が集まる連合軍のテント。

 議長としてトラッピアがいて、補佐のハナメデルが会議の内容を書き留めている。


「ふむ……困ったものね。あの速度に対抗できるものが、我々には無いわ。ここはショートに頼むしか無いわね……。毎度のことで申し訳ないけど」


「俺としてはそれでも構わないが、いちいちこうして戦争を起こされても面倒だろう。俺はあと十年ちょっとは平和でいてもらわないと困るのだ。俺の都合のために、勇者村の戦力をこの戦場に投入するぞ」


「勇者村の戦力……!?」


 連合軍の幕僚が、ごくりと唾を飲んだ。


「ああ。今まではジャバウォック狩りくらいしかさせていなかったが、ここらで俺以外にも、この世界には強いやつがいるのだと教えてやるべきだろう。俺の息子みたいなやつでな。恐らく、勇者村では俺の次に強い」


「なん……だと……!?」


「それは一体何者なんだ……!?」


 誰も知らぬつわものの予感に震える一同。

 俺は満を持して彼を呼び出した。


「いでよ、トリマル!」


「ホロホロー!」


 コルセンターを通じて、トリマルが一羽お取り寄せされる。


「ホロ、ホロホロ」


「あ、ビンと遊んでるところだったのか。すまん。ちょっと遊牧民帝国を蹴散らしてくれればすぐ返すから」


「ホロホロ」


「おお、やってくれるか」


「…………。勇者様、あのー、そのー、その鳥は一体……?」


「大きいホロロッホー鳥に見えるのですが」


「うむ。これが俺の息子だ。トリマルだぞ。俺がこの魔力を注ぎ込み、手ずから卵から孵したら生後一歳にしてドラゴンの如き力を発揮したホロロッホー鳥だ」


「ええ……」


 明らかに信じていない空気が流れた。


「では見ていろ。トリマル、地図はこれ。この村が三箇所占領されてる。解放してきてくれ」


「ホロホロ!」


 トリマルが了解、と羽を上げた。

 俺は彼の後頭部にコルセンターを掛ける。

 すると、俺の横側に画面が浮かび上がった。


 トリマル視点での画面である。

 まさにFPS。


 トリマルが走り出す。

 二歩目から加速は最高速度に至り、テントを吹き飛ばすほどの爆風を放ちながら、彼の姿は見えなくなっていった。


「な、なんだあれは……!!」


「馬なんてものじゃない! 空を飛ぶ鳥の速度じゃないか!」


「ホロロッホー鳥は飛べないはず……」


「議論はいい。これを見ろ」


 コルセンターの画面を広げる。

 その向こうで、トリマルがあっという間に、最初の村に到着するところだった。

 爆走してくる鳥に驚き、飛び出してくる遊牧民帝国の兵士たち。


 彼らは、ホロロッホー鳥の姿を見て、明らかに舐めた態度になる。


『なんだ、ホロロッホー鳥か。ちょうどいい、村の鳥はみんな食っちまったんだ。こいつをおやつにして……』


『ホロホロ!』


 飛び上がったトリマルが、嘴の先で兵士を突いた。

 その瞬間、兵士は凄まじい力で吹き飛ばされる。


『ウグワーッ!?』


 壁を粉砕しながらめり込み、動かなくなる。


『なんだなんだ!?』


『あのホロロッホー鳥か!』


『食っちまえ!』


 わあわあ集まってくる兵士だが、トリマルは彼らを一瞥すると、強く地面を踏みしめた。

 村に地震が起こる。


『ウグワーッ!? た、立ってられねえ!』


『なんだこれはー!』


 あちこちから馬が恐怖でいななく声が聞こえてくる。

 立ち上がれなくなった兵士たちを、トリマルが嘴でつんつんと突いて回る。


 全ての遊牧民帝国兵は、『ウグワーッ!?』と叫びながら吹き飛ばされ、戦闘不能になった。

 およそ三分ほどの出来事である。


『ホロホロ』


「なに、加減が大体分かった? ギアを一つ上げていくぞって? よし、任せた」


 再びトリマルが走り出す。

 今度は、さっきの倍ほどの速度だ。

 あまりの速さに、これをトリマル視点で眺めている各国の幕僚は酔ってしまった。


 うっぷ、とか、うーっぷ、とか言う声があちこちで聞こえる。

 その間に、トリマルが二つ目の村に到着し、駆け抜けながら遊牧民帝国の兵士を超高速でなぎ倒していく。

 蹴りを使わないあたり、トリマルの慈悲が見えるな。


 一撃でジャバウォックを蹴り殺すキックだ。

 本気で放てば、大型の城塞を粉砕できるだろう。


 二つ目の村も制圧された。

 そして次は三つ目の村。

 ……もすぐに制圧された。


 トリマルが戻ってくる。


「ホロホロ」


「おう、もう戻ってもいいぞ。おつかれ!」


「ホロー」


 トリマルは別のコルセンターを自ら開くと、そこに体を押し込んで去っていった。

 向こうは勇者村なので、ビンの喜ぶ声が聞こえてくる。


「といまうーー!」


「ホロホロー!」


 呆然とする幕僚たちを見回し、俺は告げた。


「じゃあ、俺も帰る。また動きがあったら教えてくれ。俺も色々忙しくてな……。うちの父親がやる家庭菜園を手伝ってやらなくちゃいけないんだ」


 遊牧民帝国に匹敵する難題が、目の前に広がっているのである。

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