第136話 のどごし派からの要請・あるいはウドンなるもの
「ショートさん」
ある日、朝食の席でクロロックが凄い圧を発していた。
「なんだクロロック。いつにない迫力だぞ」
「ショートさん。ワタシはショートさんの世界で、驚くべき料理を知りました。地球で出た、ウドーンというものです」
「ウドーン!!」
イントネーションが違うが、言わんとしたことは分かった。
「天にも上るようなのどごし……」
「ついにクロロックが食に目覚めたか。そう言えば、のどごし派だったもんな」
「ショートさん。ウドーンを作ってください」
「クロロックにそう言われたのでは断れないな。俺はたくさんのものをクロロックからもらっているからな」
そういうことになった。
スローライフの師匠たるクロロックが言うのなら、弟子としては叶えねばなるまい。
俺の応という返事に、カエルの人は嬉しげに喉をクロクロ鳴らすのだった。
「ウドン美味しかったですよねー! うち、気に入っちゃった!」
「ああ、確かにウドンは美味かったな。パスタを太くして柔らかくしたものを、あっさりしているがコクのある黒いスープに入れて、根菜を入れた料理だった。ショート、まさか作れるのか」
ピアにパワースまでのどごし派になったか!
地球で、うちの母親が夕食でうどんを振る舞い、彼らはすっかり気に入ってしまったようだった。
西日本のうどんはつゆが澄んでいるらしいが、うちは黒いつゆで食うタイプだ。
「よし、やってやるか! だがスープが無いので、これはちょっと俺の考えた調理法で代用する」
「うち、手伝います!!」
ピアが鼻息も荒く挙手する。
食のためなら、どんな努力も惜しまない子だ。
「ワタシもやりましょう。なんなりと申し付けてください」
「俺もやってやるか!」
かくして、四人でうどんを作り始めるのである。
既に麦はあり、粉にしてある。
これに水と塩を加えながら練っていき……。
まあ、こんな感じ? という辺りで、パワースに任せた。
「こいつをぐいぐい練ればいいんだな?」
「コシを出すんだ。日本じゃ踏むこともあるけど、勇者村だと不衛生だからな。手で行く」
「任せろ! ギガンテスと腕相撲で互角だった俺の腕力だ! ぬおおおおお!!」
猛烈な勢いで、うどん生地が練られていく!
その横で、ピアがお野菜を切っていた。
ナイフで器用に皮むきをして、小さめのサイズに揃える。
クロロックは、つゆの素を作っていた。
出汁が出るものが欲しいが、今手元にあるものでは、干し肉くらいしかない。
ということで、干し肉をガンガンに煮る。
この煮汁を使う!
うん、ラーメンだなこのつゆは。
戻した干し肉は甘辛く味付けて、チャーシュー代わりにする。
そして野菜を茹で、うどんを茹で……。
「完成だ」
うどんの椀など存在しないので、ブルストが作った深めの皿に入れる。
なんかこう、冷やし中華みたいな絵面になった。
「おお、できたな!! なんか俺が食ったのと見た目が全然違うんだが」
鋭いなパワース。
俺は料理の素人だぞ。
再現なんかできるか。
「でも、美味しそうー! こんなお料理、うち初めてかもー!」
うどんを再現したはずなのに初めての料理ができるとは、これいかに。
豚肉出汁のラーメン風うどん。
スープを一口やってみたが、うむ、へんてこな臭みがあるな……!
俺たちが新しい料理を作ったと聞いて、村のみんなが集まってくる。
そして、勇者村うどんと名付けたこの料理を食べることになるのだ。
「おっ、つるつるっと食えるな!!」
口にしたブルストが目を丸くする。
「この食感は初めてだぜ。もちもちっとしてんのに、すごく柔らけえな。これならマドカも食べられるだろ?」
「そう言えば確かに!」
短く切って、匙に乗せ、マドカに差し出してみる。
「んま!」
ぱくっと食いついて、つるんと飲んだ。
「あっ、飲み込んだ!」
「まだ歯があんまり生えてないからねえ。ちっちゃくちっちゃく切った方がいいね」
カトリナの話はもっともだ。
喉に詰まったらいけないからな。
だが、当のマドカはご満悦だ。
うどんののどごしが大変気に入ったようである。
「まー! んままー!」
次なるひとくちを要求してくる。
俺が食べる暇がなくなるのだ……!
「ショート、私がマドカに食べさせとこうか?」
「大丈夫、俺がやるから、カトリナは食べちゃってくれ」
「そう? ありがと! どれどれ……んっ! んんんーっ!」
柔らかさともちもち感と、飲み込んだ時ののどごしに、カトリナが言葉にならない声を漏らす。
「おいしーっ」
概ね、勇者村のみんなには好評だった。
度の国にも、麺料理に近いものはある。
だから、うどんの形もスムーズに受け入れられたようだ。
ただ、ほとんどの麺料理はここまで太く作らないし、コシを出すようにしない。
柔らかいのに、噛み切るとぶつんと行って、つるりと喉を通るのどごしは珍しいのだ。
みんなわいわいと騒ぎながら、うどんを平らげていった。
ピアとパワースは二人前食べた。
ちなみにつゆに関しては……。
「このスープはもっとどうにかなったねえ」
パメラが苦笑する。
「このウドンってのかい? これなら、あっさりめのスープの方が美味いかもね。そうじゃなけりゃ、カトリナお得意のシチューでこってりさせちまうとか」
「やはり……豚スープはだめか」
「あっさりしてると、豚の臭みが出ちまうね。よし、今度作るときはあたしも呼びな」
「それじゃあ、私はシチューのウドン作ってみるね!」
パメラにカトリナが名乗りをあげて、次なるうどん計画が練られ始めるのだ。
そして食卓の隅で、クロロックは満足げにうどんをすすり、ゴクリと飲み込む。
「うん、こののどごしです。素晴らしい」
カエルの人が笑ったように、俺には見えた。
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