第135話 ヤギがいる日々
朝、飯を運んで外に出たら、ヤギのミルクが寝ていた。
その背中に、何羽ものホロロッホー鳥が乗ってくつろいでいる。
モフモフ・オン・ザ・モフモフ。
朝から凄いものを見てしまった。
「あぷ、あぷ」
抱っこひもでくくりつけたマドカが、ヤギ・オン・ザ・ホロロッホー鳥を見て手をぱたぱたさせる。
「マドカ触りたいのか」
「んまー」
「よし、ちょっと待ってろ。朝食よ、念動魔法であっちに動け。ホイッ」
娘の抱いた衝動を大事にする父親、俺。
配膳は念動魔法に任せ、そのコントロールは即興で魔法のマクロを組む。
こう来たらこう、というプログラムである。
朝飯はふわふわと浮きながら食堂に向かった。
あちらから何やら、驚きの声が聞こえてくる。
そんな物は気にしない。
「マドカ、鳥さんを撫でるのかな。ヤギさんを撫でるのかな」
「んむー」
いっぱいに手を伸ばしたマドカが、くつろいでいるホロロッホー鳥をぺたっと触った。
「あー」
笑った。
満足したらしい。
良いことだ。
その後、マドカの手をキレイキレイしてから朝食の場にやってくる。
本日は特別メニューがあるのだ。
それはヤギのミルクである。
加熱殺菌してあるので、誰が飲んでも安心安全。
お腹を壊してウグワーッ!ということにはならないのだ!
「いただきます!」
いつものパンと、干し肉を焼いたもの、野菜の漬物、そしてミルク!
この全てが、今までの積み重ねである。
パンは安定供給できるようになってきており、野菜も然り。
長持ちしない生鮮食品は、漬け込んだり干したりしている。
最初は、イノシシ肉とイノシシの脂と、食べられる野草や自生している食える芋を使ったシチューしかなかったよなあ。
ジーンと来る。
パンに肉と漬物を乗せてもりもり食う。
うまい。
隣でもりもり食っているカトリナを見た。
「うん?」
「去年の初めはさ、俺とカトリナとブルストしかいなくて、やっと食っていける感じだったけど。見ろよ。こんなに仲間が増えて、それで食卓がこんなに豪華になった」
「ほんとだねえ……。もっと前はね、私とお父さんだけで、先がどうなっちゃうのかなって心配だった。まさか、こんなに素敵なことになるなんて思ってもいなかったよ。全部ショートのお陰かも」
「俺はカトリナが色々支えてくれたお陰だと思ってる」
「うふふ、ありがとう」
朝からイチャイチャしていると、対面のヒロイナが生暖かい視線を向けてくる。
見るな見るな。
「あぷ、あぷ」
おや、マドカが赤ちゃん用マグに注がれたミルクを飲みたいらしい。
俺はパンを念動魔法で支えてもりもり食いながら、マドカの口にマグを近づけてやる。
人肌程度に冷ましたミルクだ。
マドカは口をつけると、ぴちゃぴちゃと飲んで、「んま!!」とテンション高めの感想を口にした。
お気に召したらしい。
グビグビ飲む。
うちの子は、とにかく他の親御さんがびっくりするくらいに飲み食いする。
今はおっぱいと離乳食の二刀流だが、どうも胃腸が大変強いらしく、離乳食をばかすか食べてもガンガン消化しているようなのだ。
「この感じだと、マドカもすぐに乳離れしそうだなあ」
「そうだねえ。夜に起きておっぱい欲しがることも減ったもんね。朝までずーっと寝てて、起きたらすごくたくさん食べたり飲んだりするの。でも、おっぱい欲しくなくなるのは、ちょっと寂しい気もするなあー。まだ出るし」
「出ますか」
「マドカ用だからショートにはあげないよ」
カトリナが笑う。
残念なり……!
この辺りで、ヤギ三頭の中で最後まで寝ていたミルクも起きたようだ。
カファとオーレと合流し、三頭でトコトコと村の中を闊歩している。
後ろにホロロッホー鳥軍団が続いている。
彼らもこれから朝食であろう。
あいつら一日中食ってるんだけどな。
ここでスーリヤが、カトリナに相談に来た。
何やら彼女はおっぱいがそんなにたくさん出ないとか、そういう話をしている。
これは、カトリナのおっぱいが活躍する新たな機会が来るか。
サーラはマドカよりはちょっとだけ生まれが早いのだが、まだまだおっぱいが恋しいのだとか。
「いいよ! マドカは離乳食大好きみたいだし。サーラちゃんは任せて」
村のみんなで助け合い。
美しきかな美しきかな。
……と思っていたら、早速カトリナがサーラを受け取った。
サーラはハッとしたが、カトリナに抱っこされて、その圧倒的柔らかさに包まれてスッと瞬時にリラックスモードに入った。
チート級の赤ちゃん抱っこスキルだ。
さっそくおっぱいをあげるようである。
「カトリナ、ここは多感なお年頃の男子もいるので、背中を向けておいた方がいいのでは?」
「あ、そうかな」
フォスとかアキムとかな。
アキムはまあ年中多感な年頃だろう。
あの男からは、森羅万象にエロスを感じる中二男子のオーラを感じる。
ほらー。
背中を向けておっぱいあげているカトリナを、チラチラ見ている。
気持ちは分かる。
しかし尽きぬエロスへの感性はすげえなこのヒゲ、と俺は感心してしまう。
手を出したら殺すけどな。
ちなみにアキムの息子のアムトはそれどころではなく、年齢が近いからとリタとピアの間に座らされ、カチコチになって朝飯を食っている。
あれじゃあ味も分からんだろうに。
アムトはアキムの遺伝子を忠実に受け継いでいるっぽいところがあるから、あの状況での禁欲は拷問のようなものだろう。
いやあ、実に見ていて楽しい。
自分の分の飯を食い終わった俺が、食卓の村人たちを眺めながらまったりしていると、すぐ傍らに獣くさいものがやって来た。
「めぇ~」
「おっ、お前は確か、オーレか」
白と茶色のぶちヤギが、俺の間近にいる。
「どうしたどうした。あっ、俺の足元の草を食べたい? こんなところまで草がやってくるんだなあ。石で覆ったはずなのに」
オーレが俺の足の隙間に鼻先を突っ込み、草をもりもり食べる。
うーん、ヤギのいる日々。
勇者村の時間経過が、ゆっくりと感じるのだ。
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