第134話 やって来たヤギ三頭

 勇者村にヤギがやって来た。

 アイテムボクースから取り出された彼らは、新天地を見てハッとする。

 その後、あちこちに生えている緑めがけて、メエメエ鳴きながら近寄っていった。


 おお、もりもり食っている。

 畑や田に入らないようにだけ注意して、ほかは何でも食べさせよう。


「ヤギだ!」


「ヤギがきた!」


 フックやミー、アキムにスーリヤたちも飛び出してくる。

 ヤギはこの世界、割とどこにでもいる。

 一般的な家畜なのである。


「このヤギはミルク用なので、食べないように!」


 俺は彼らに宣言した。

 よいお返事が戻ってくる。


 うちの村にはいないが、巷にはヤギと言えば食べるものだと思って、勝手に食べてしまうやつもいるらしいからな。

 かなりたくさんの資材と交換したのだ。

 肉などにされてたまるか。


 ちなみに、遊牧民とは交渉して、ほどほど若いメスをもらってきた。

 ミルクを長いこと出せるぞ。


「どうぶつ!」


「ちゃあ!」


 パタパタ走っていくビンの後ろを、よちよち歩きでサーラがついていく。

 さらに後ろを、子守担当のアリたろうがトコトコ歩く。

 サーラがぽてっと尻もちを突きそうになったところで、アリたろうがそれをスッとすくい上げた。


 紳士の所業である。


「勇者村のアリクイは凄いのね……」


 スーリヤが感心している。

 基本的に、砂漠の王国の育児はそこまで子どもに構わない。

 放任主義と言えばそうだが、死なない程度に色々経験させる、という主義らしい。


「あらあら」


「んままー!」


 カトリナに抱っこされてマドカもやって来たぞ。

 歩くまではもう少しかかるだろうが、マドカもヤギには興味津々だ。


 目の前で真っ白だったり茶色だったりするヤギが、もっもっもっ、と草を食っている。

 大型のモフモフがいなかった勇者村であるから、彼らの登場は新鮮な驚きを持って迎えられた。


「あわわわわ、モフモフ……」


「食べてる姿かわいい……」


 リタとピアがぽーっとなってしまうのはもちろんとして、


「ああして道端の草を食べてくれることで、足元が安定しますね。それに、あらたな糞が供給されますよ。これは肥料のバリエーションが増えることを意味しており─―」


「癒やされるっすねえ……」


 クロロックとニーゲル師弟もヤギの姿に好感を抱いたようだ。

 連れてきて正解だったな、ヤギ。


「よし、ショート手伝え! ヤギの小屋を作るぞ!」


 ブルストが早速宣言した。


「なるほど、彼らの家が無ければ始まらないな! 夜までにやるか!」


「もちろんだぜ!」


 設計図はブルストの頭の中にあるので、俺は指示通りに材木を作るだけだ。

 乾季なので、切り出した木はその辺に置いて水気を飛ばしている。


 こいつらを魔法でいい感じに切断し、ブルストに手渡すのだ。

 家の柱くらいのでかさ、太さがある丸太を、ブルストがひょいっと受け取る。


 このパワーを見ると、やはりオーガだなあと思うのである。

 俺やパワースを除けば、ブルストよりも腕力があるやつはこの村にはいない。

 力があるということは、大工仕事では重要なのだ!


 途中でパワースもやって来て、ヤギ小屋の作成を手伝い始めた。

 ものすごい速さで建築が進む。


 ほんの二時間ほどで、ヤギの家は完成していた。


「プラモデル作るみたいな速度で出来上がったな」


 俺が思わず感想を言うと、ブルストが笑った。


「プラモデルってのがなんだかは知らねえが、ここにゃあ俺と、それに勇者と戦士がいるんだぜ? 何だってすぐにできちまうぜ」


 太い柱をバンバン叩くブルスト。

 ちなみに、柱と屋根と最低限の壁だけしか無い。

 ヤギは中に入って、雨風を凌ぐわけだ。


「まあ、ヤギはまだ草を食ってるからな。腹一杯になったら案内してやろう」


「うむ。しかし、ヤギが草を食ってる姿を見るために、村中が集まってきてしまったな。ちょっとしたイベントみたいだ」


 ヤギなど珍しくもないはずだが、考えてみれば、勇者村にいるとこいつらを見る機会もない。

 フックとミーなどは、ヤギを見て郷愁を感じているのかも知れない。


「ねえ、名前つけよう、名前!」


 リタが提案した。

 子どもたちから賛同の声が上がる。


「ほう、名前か。では俺が――」


 進み出る俺。

 それを、やんわりと止めるカトリナ。


「ショートは名前をつけないほうがいいと思うなあ」


「な、なにぃ」


「ヤギすけとか、ヤギまるとかにするつもりだったでしょ?」


「カトリナ……!? 君はどうして俺の心を読んで……!?」


「ほらあー」


 笑うカトリナが、俺の腕をぺちぺちした。


「あぶあぶ」


 マドカが真似したがって、手をわさわさ振る。

 俺が腕を寄せてやると、小さい手のひらがぺたっとくっついてきて、そのままじーっとしている。


「あー」


 おお、マドカが満足げだ。

 俺もカトリナもほっこりする。


「名前が決まったみたいだな。カトリナがショートを食い止めた甲斐があったってもんだ」


 食い止めるとは何事だ。


 三頭のヤギの名前は、白いのがミルク、茶色いのがカファ、まだらのがオーレと名付けられた。

 ミルクを命名したのはピア、カファはアキム、オーレはリタだ。

 なんだなんだ、おしゃれな名前つけて。


 俺の中に対抗意識が燃え上がる。

 俺だったらもっとこう、直接的な名前をだな……。


 いやいや、やめておこう。

 子どもたちがせっかく名付けをしたのだ……。

 ここは大人になっておこう。


 それに、俺からは絶対にでてこないネーミングセンスだしな。

 その後、ミルク、カファ、オーレの三頭は、日暮れまでもりもりと草を食べ続けたのである。


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