第133話 ヤギを入手せよ

 そろそろ乳が出る家畜が欲しいなあと思っていたところで、手前村に遊牧民がやって来たらしい。

 ヤギや羊を何頭か売りたがっているようだ。


「マドカ、ミルクを飲めるチャンスだぞ」


「んまー」


 言葉は明確に分からないながらも、どうやら美味いものを食べさせてくれそうだぞ、と理解したマドカ。

 満面の笑顔で、俺に向かって両手のひらをくりくり回す。

 超カワイイ。


「マドカはお父さん大好きなのよねー」


「そうなの!?」


 カトリナの発言に、俺は驚愕する。

 いつも抱っこしてくれるカトリナの他に、ちょこちょこ家を空ける俺をどうして……!

 いや、大変嬉しいが!


「マドカはね、ショートが家を空けるたびに美味しいものを持ってきてくれるって分かってるの。頭のいい子なんだよ。ねー」


「あー」


 カトリナにすりすりされて、マドカが笑顔になった。

 俺がすりすりすると、剃り残した髭が痛いらしくて嫌がるのになあ。


「髭、永久脱毛魔法を開発して抜くか」


「将来髭を生やしたい時に生えなくなるぞ。やめとけやめとけ」


 横からアドバイスしてきたのはブルストである。


「そうかあ、そういうもんかあ」


「そういうもんだ。いつ髭を生やしたくなるか分からないだろ? 髭が無いと一人前の男じゃないとこもあるんだ。砂漠の王国とかな」


「そう言えば、あそこの男は成人するとみんな髭を蓄えていたな」


 地方によって色々である。


「ところでショート、山羊を買いに行くんだろ? 俺も行くぜ」


「おっ! ブルストと一緒は久々だなあ」


「たまには村の外に出ねえとな! ショートこそ、村の中でゆっくりしてていいんだぞ」


「いやいや。マドカに働くお父さんの背中を見せるために頑張らなくちゃな。ブルストがやってたことじゃないか」


「お、そうか? そう言われると照れるな」


 ブルストが、ぽりぽり頬を掻いた。

 俺はカトリナを男手一つで育て上げた、この男を尊敬しているのだ。


「村に行くのですか。では、ワタクシも行きましょう!」


「カタローグじゃないか。直射日光は本に悪いからと図書館に引きこもっていたはずだが」


 そこには、開拓地っぽい勇者村に似つかわしくない、燕尾服に片眼鏡の男が立っている。


「ハハハ、たまには虫干ししないと本にも虫が湧きますからね」


「ブルストに似たような事を言うやつだな。よし、じゃあ行くか」


 ということで、この三人で行くことになった。

 移動は、瞬間移動魔法シュンッを使うので一瞬である。


 あっという間に手前村の入口に立っていた。


「あっ、勇者様!! 昨日遊牧民が来たばかりなのに、耳が早い!」


 入り口を守っていた村人が驚く。


「なに、手前村のことは常にチェックしてるからな。外国から入ってくるものは、大体ここを通るじゃないか」


「なるほど……! あ、ブルストさん、どうもどうも」


「おう。なんかへこへこされると、調子が狂うな……」


 まだ優しくされることに慣れてないのかブルスト!

 手前村はかつて、ブルストとカトリナのオーガ親子に冷たくしていたことがあり、これに激怒した俺が、星ごと滅ぼす勢いでデッドエンドインフェルノで焼き尽くす寸前だったのだ。

 今では心を入れ替え、人を偏見の目で見ない村になっている。


 打算の目で見るようになったけどな。

 まあ、そっちの方がフェアではある。


 見ろブルスト。カタローグなんか、当たり前みたいな顔して堂々と村に入っていくぞ。


「お迎えご苦労さまです。いやいや、なかなかに教育が行き届いていらっしゃる。感心感心」


 聞いたか、この超上から目線の物言い!

 自分の価値を信じて疑わない魔本の鑑だ。

 村人もすっかり、カタローグが誰だか知らんが偉い人だと思って、へこへこしているではないか。


 まあ、偉ぶらないところがブルストのいいところでもあるんだけどな。


 三人でてくてくと村の中を歩くと、隣の国(もう滅びてる)に続く道が、白いもふもふした物たちでいっぱいになっている。

 あれはなんだ。

 羊か。


「ヤギと羊の群れだな。フシナル公国が廃墟になってて、だんだん森に飲み込まれていってるって噂だ。遊牧民がそこまで、家畜に草を食わせながらやって来たんだな」


「なるほどなあ」


 俺が焼き尽くした王国だが、そのお陰で焼き畑みたいなことになったようだ。

 そこに遊牧民が来るきっかけになるとは、思わぬ副産物だ。


 おうおう、取引所の人々が、大量の動物の扱いに困っているぞ。

 遊牧民としては、このほんの少しを物々交換したいところなのだろう。


「どうするショート」


「俺に任せてくれ。こういうよく分からないやつに直球で要求を投げつけるのは大得意なんだ」


 俺は前に進み出た。

 そして両手を挙げて、遊牧民の人に声をかける。


「おー、たくさんのヤギと羊! 俺は乳が出る動物が欲しい!」


「おー! あなた、動物欲しいですか!!」


「欲しいです! 乳が出るの!」


「ではヤギがいいです!! このヤギを三頭。何をくれますか!」


「イノシシの肉や穀物などをこれくらいでどうかね……」


「ふむふむ、もう一声!」


「ほう、そこまでの価値がヤギに……?」


 マドカがミルクを飲んでニコニコするビジョンが浮かぶ。


「あるな。良かろう。ではこれは諸君のテントを建てる時に使える建材なのだが、ここにいるブルストが作ったもので……」


 俺は早口で遊牧民の人と交渉をした。

 結果、お互い満足行く結果になる。

 遊牧民の人がちょっと得をするような形だが、そもそもこちらはヤギが欲しかったのだ。


 建材はまた作ればいい。

 うちには腕のいい大工がいるからな。


「いやあ、大したもんだなあ」


「参考になりますね。ちなみにこのヤギは、確かに乳を多く出すヤギです。その分、草をたっぷり食べさせねばなりませんが……勇者村は草に覆われていますから全く問題ないでしょう」


 ブルストとカタローグが大変感心している。

 そして、ヤギの説明はありがたい。

 魔本の人を連れてきた甲斐があったというものだ。


 かくして、勇者村に新たなる食の選択肢が加わることになる。

 乳製品である!


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