第132話 勇者村こども社会の変なヒエラルキー

 勇者村にも子どもが増えた。

 子どもは未来そのものである。

 大変結構なことだ。


 そして子どもの数が増えると、そこに社会というものが生まれてくるのである。

 俺は今も、ちょこちょこアリたろうに感覚を貸してもらい、村の中をパトロールしてもらっている。

 アリたろうの頼れる兄貴分たるトリマルは、ホロロッホー鳥コロニーの維持という仕事もあって忙しい。


 アリたろうくらいのフリーダムさが便利なのだ。


「最近の子ども社会はどうなっているかな? 以前は、リタの一強だったが」


 リタ、ピア、ビン、マドカしかいない子ども社会では、やる気のある子どもがトップに立つ。

 すなわちリタである。

 ピアはむしろ、大人社会に足を突っ込んで作物や食肉を生産する方に行っている。


 ビンもリタがお気に入りだしな。

 マドカは全く分からん。

 多分タイプとしてはピアに近い。


 そこに、アキムとスーリヤの息子二人が入ってきた。

 娘は赤ちゃんなので、まだ社会には組み込まれない。


 アリたろうの目を通してみていると、アキムとスーリヤの長男、アムトがリタを口説こうとしている。

 そこに必死に割って入ろうとする次男ルアブだ。

 二人とも、なかなかのプレイボーイだな。


 そして男二人を狂わせる魔性の女リタ。


「あのー、仕事があるので邪魔しないでください」


 真面目か!

 本人は全く色恋とか興味無さそうだ。

 そうだよなあ。侍祭としての勉強に必死で、ものすごい速度でヒロイナの技術を吸収してるらしいからな。


 男にかまけているどころではないだろう。


「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから! なあ! 村を案内してくんないか!」


「兄貴ずるい! おれも! おれも!」


 リタが困った顔をした。

 優しい子なので、なかなか断れないのだ。

 しかし、新しく子ども社会に加わってきた少年と男児はなかなか押しが強いな。


 そこに、ポテポテ歩きながらビンがやって来た。

 まだ一歳半だが、足取りはしっかりしてきている。


「りたー」


「ビンちゃん!」


 リタが笑顔になる。

 ビンが生まれたばかりの頃から世話をしているので、リタにとってはとても馴染みがあるのだ。


 駆け寄って、ビンの頭をなでなでした。

 キャッキャッとビンが笑う。


 これを見て、男たちは嫉妬したようだ。


「こ、こんなちびに! お前どけよ!」


 ルアブが駆け寄ってきて、ビンを突き飛ばした。

 五歳が一歳半を攻撃とは大人げない。

 子どもだからね。


 成すすべなく突き飛ばされるかと思ったビンだったが、ルアブがおかしな顔をしていた。

 突き飛ばした感触が無かっただろう。


 お前が舐めてかかったビンは、一歳半にして上級魔道士を凌駕する念動魔法の使い手だぞ。

 ルアブが突き飛ばそうとした腕は、空間に固定されている。

 その前で、ビンは平然と立っているではないか。


「ビンちゃん、手加減できたねえ。えらいえらい」


「キャッキャッ」


「う、うわあー、うごけねえー」


 ルアブが真っ青になって、とうとう泣き出した。

 これを、真正面からリタが見据える。


「ルアブちゃん。自分よりちっちゃい子に暴力を振るったらだめ。今回はビンちゃんだったからまだ良かったけど、相手が怪我したら、一番困るのはあなたのお父さんとお母さんよ。それに、怪我した子のお父さんとお母さんも悲しむよ。悪い暴力は、悲しいことしか産まないの。分かった?」


「うん……」


 しょんぼりしてルアブがうなずいた。


「ビンちゃん、もういいよ」


「あい!」


 ぱちーんと手を叩くビン。

 それで、ルアブの念動魔法による拘束が解かれた。

 相手が悪かったなあ。


 その一歳児、ワールディア全種族の一歳児で最強だぞ。

 そんなビンに懐かれているリタが、子どもヒエラルキーの頂点であることに揺るぎはない。


 アムトはこれを見て、「やべえ……惚れた」とか言ってるのでこいつは不屈の魂を持っている。

 その後、ルアブがなんか、ビンの舎弟みたいなポジションになった。


 ビン、トリマル、アリたろうの、一人と一羽と一匹でよく散歩をしているが、ここにルアブが加わるようになったのである。

 なお、この集団でのルアブのヒエラルキーは最下位である。

 うちの村、パワーバランスがおかしいな?


 ビンがふわふわっと念動魔法で浮くのを見て、ルアブが「うおービンさんすげー」とかよいしょしている。

 村は平和だなあ。


 ちなみに、これらのやり取りをどこかでヒロイナが見ており、すすすすっとリタに接近してくる。


「きゃっ、ヒロイナさんいつの間に!」


「あんたやるわねえ。絶対男を泣かせるタイプの女になるわよ。今から楽しみだわ」


「ええ……。私、侍祭なのに……」


 今のユイーツ神は元豊穣神だから、恋愛とか子作りは推奨してるぞ。

 主に子作りの方をプッシュしてるから、結婚などの形式は見合いとか政略結婚でもいいそうだ。


 そしてこんな師匠と弟子を、アムトと親父のアキムが、そっと影から見ているのだ。


 アキムお前、絶対浮気はやめろよ?

 なんか生々しい感じのおじさんが村に加わってしまったな!


 勇者村、可愛い女子が多いからな。

 心乱される気持ちも分かる。

 だがダメだ。


 俺は、アリたろうの目を借りて田んぼから光景を見守っていたが、この案件に関してはダッシュせざるを得なかった。

 後ろからアキムの肩を叩く。


「ひゃー!! す、すまなかったーっ! けっして浮気じゃなくて、お前が一番なので! 麺棒で殴るのは勘弁してくれー!」


「今まで何回か浮気してたな?」


「ひっ、その声はショート様!!」


 真っ青になって振り返るアキム。

 アムトが必死になってアキムを庇う。


「ショート様! 砂漠の王国だと、他人の奥さんに手を出したら百叩きなのでダメなんです! だからこうやって影から見てうっとりするんです!」


「なんだって」


 砂漠の王国、狭いコミュニティの諍いを避けるため、男女間の不貞には厳しい罰則を設けていたようだ。

 男女ともに同じ刑に罰せられるそうで、男女平等である。

 ちなみに百叩きされると大体死ぬ。


「砂漠の王国でもこうやって可愛い女の子を影から見ていたのか……」


「はい。スーリヤのことは愛してますが、それはそれ、これはこれで」


「ダメだぞ……?」


 俺はアキムの額に指を突きつけて、軽いエターナルナイトメアを送り込んだ。


「ウグワーッ!?」


 白昼夢を見てのたうち回るアキム。


「と、父ちゃ~ん!?」


「勇者村は普通に、世界最強の◯◯、みたいなのが闊歩しているからな。気をつけるのだ……」


 俺は優しくアキムとアムトに諭すと、仕事に戻っていくのだった。

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