第128話 農家・キャンパス探訪

 しばらく作業をしたり、マドカと遊んだりした後で、アリたろうの意識に接続してみる。

 すると、ちょうど車が農家に到着したところだった。

 見渡す限り一面の田んぼである。


 小さい頃に海乃理と一緒に、父に連れてきてもらったことがあった気がするな。

 青々と生い茂る田に、クロロックが「ふおおおおお」と感嘆の声を漏らす。

 感激している感激している。


 ピアはきょろきょろして、ちょろちょろ動き回っているな。

 おっ、農家で飼っている犬と遭遇した。

 近寄っていって、わしゃわしゃ撫でている。恐れを知らぬ娘だ。


 まあ、地球の犬は、ワールディアのそれと比べたら飼い犬として大人しくなってる類だからな。


「じゃあ本日はお願いします」「ああ。見学したいなんて嬉しいねー。若い人はなかなか興味持ってくれなくてね」


 そんな話をしつつ、一行は見学に向かっていった。

 ……?

 二人足りなくないか?


「アリたろう、パワースと海乃理がいないが?」


「もがもが」


「なにいっ、途中で車を止めて出ていった!? え、海乃理の大学? 大学案内しに行ったのか!? いかーん! 追うんだ、アリたろう!」


「もーがー!」


 アリたろうは元気に返事をすると、公道脇を元気に走り始めた。

 真ん中を走りそうになるたびに、俺が指示して横に寄せる。


 今のアリたろうは、コアリクイとは言え軽自動車くらいの馬力がある。

 この小ささにそんなパワーが凝縮されたものとぶつかったら、トラックだってぶっ壊れるぞ。

 現地人のための気遣いである。


 アリたろうの速度は、おおよそ時速40kmほど。

 めっちゃくちゃ速い。

 対面から来る自転車が、ぎょっとしてブレーキを掛けた。その横を、コアリクイが駆け抜けていく。


 見渡す限りの緑から、ちらほらと建物が見え始める。

 海乃理が家から近い大学に通っているとすると……確か町と田んぼの間に、やたらと敷地だけは広い大学があったはずだ。


 あった!

 石造りの門柱に、大学名が書かれており、立て看板がされている。

 ほうほう、今日はオープンキャンパスか。


 大学で社会人向けに、自由参加の講義が行われるのだ。


 門を堂々とくぐっていくコアリクイ。

 大変注目される。


「アリクイだ!」「ちっちゃいアリクイがやって来た!」「かわいい!」


 写真でパシャパシャ撮られている。

 だが、アリたろうはそんなものに動じなどしない。

 スッと立ち上がると、両手を広げて、


「もがー」


 と威嚇した。

 その場にいた人々から歓声が上がる。

 スマホや携帯が立てるシャッター音がさらに大きくなった。


 俺はというと、アリたろうの目を通じて大学内を見回している。

 俺は高卒である。

 ちょうど俺が高校を出る頃、父親の会社の業績が悪化し、ボーナスが出なくなった。


 色々出費も重なり、我が家の家計が悪化。

 奨学金をもらうという選択肢もあったのだが、色々あって俺は大学に行かないことになったのだ。

 あの時の、済まなそうな両親の顔は今でも覚えているな。


 気にしなくていいのにな。

 で、今は海乃理が大学生というわけか。

 なかなか感慨深いものがある。


「行くぞ、アリたろう!」


「もが!」


 アリたろうは頷くと、キャンパス内をトコトコと闊歩し始めた。

 野次馬がわいわいとついてくる。


 さて、アリたろうの体を使って歩きまわってはみるものの、広いなあ……。

 緑が溢れている中に、背の低いビルみたいな建物が点在している大学だ。


 海乃理はここに、パワースを連れてきて何をしようというのだろう。

 ここで同時進行的に、母親と通話を繋いで聞いてみよう。


 俺はイセカイマタニカケを真横に展開した。


「ショート、何してるの?」


「あぶー?」


「ちょっとな。パワースが海乃理と一緒に別行動を取っているので、その動きを監視しているのだ……」


「二人とも大人なんだから自由にさせたげなよー」


「あー!」


「あらら、マドカ、お父さんのところに行きたいの? はい、ショート。マドカが抱っこして欲しいんだって」


「なにいーっ」


 しかし妻と娘の頼みとあっては断れない。

 マドカを膝のうえに乗せることにした。


「あら、どうしたの翔人? あらあら、あららー! マドカちゃーん!」


 母が顔を出すなり、マドカを見つけて甲高い声を上げた。


「あー!」


 マドカもニコニコしながら、母に手を振る。

 よし、うちの親の機嫌が最高に良くなったぞ。


「あのな、海乃理がパワースを連れて大学に行ったみたいなんだけど、何の用事か分かる?」


「あらら。ええとね、それは多分、サークルの仲間に新しい彼氏を紹介しようとしてるんじゃない?」


「か、彼氏だとっ」


「翔人ったらお父さんそっくりねえ」


 俺は基本的に、妹と大変仲が良かった兄である。

 俺と海乃理では五年くらい年が離れているので、海乃理は常に庇護対象だったのだ。

 中学の頃に海乃理に嫌がらせをしたという男子の家まで乗り込んで、そいつとそいつの父親とリアルファイト寸前まで行ったことがある程度である。


 ちなみにその時、うちの父親も加勢に来たな。

 あ、多分俺と父は似てるわ。


「私何回か行ったことあるわよ。ここがサークル棟でね」


 こっちと繋がっているディスプレイ上に、大学のホームページを映し出してくれる母。

 ほう、キャンパスマップ……!

 便利なものだ。


 逃さんぞパワース!


「アリたろう、出撃だ!」


「もがー!」


 俺の指令を受けて、アリたろうが再起動する。

 すっかり人垣に囲まれて、写真を取られたりもふられるままで、自分は地面のアリをもりもり食べていたアリたろう。

 ちょっとお腹も膨れて元気いっぱいだ。


 かくして、俺とアリたろうによる追跡劇が行われるのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る