第125話 マドカ、離乳食をたべる

 ついに、マドカが離乳食を食べられる時期がやって来た。


「マドカ、ついに食べられるぞ!」


「うまま!」


 赤ちゃん用の椅子に座った我が娘、やる気充分。

 鼻息も荒く、赤ちゃん用スプーンをぎゅっと握りしめている。


 出てくるのは、俺たちが食べてるようなものの中で、比較的消化に良さそうな……。

 そう、以前俺がパエリヤを作るつもりで失敗したリゾットだね……!


 鼻孔をくすぐる魚介出汁の香り。

 俺とカトリナとブルストとパメラがじーっと見守る中……。


 マドカはスプーンをお粥にぶっ刺した。


「ぶ」


「まだ掬うのは無理だったなー」


「そうだねえ。はい、マドカ。あーん」


「あー」


 大きく口を開けたマドカの口に、ちょいと薄味に作ったリゾットを入れる。

 マドカ、初めての味覚的冒険である。

 むにゃむにゃとしながらカッと目を見開くうちの子。


「うままー!」


 おお、これは知ってる。

 グルメマンガとかドラマで、美味しいとやるリアクションだな。


 ちっちゃい手を拳にして、空に突き上げるマドカ。

 堂に入ったガッツポーズだ。


 生まれた時からの悲願を、ついに達成したのである。

 感無量であろう。


「ほえー、こんなに食う赤ん坊初めて見たぜ……。大体はな、こういうのは食べる練習なんだ。食わなくてもいい。赤ん坊はおっぱいの方が好きだから、ちょっと口に入れてやめたりがざらだ。カトリナだって、なかなか食べてくれなかったんだよ。ずっとママのおっぱいが好きーってな」


「んもー! お父さん!」


 カトリナが赤くなってブルストをぺちぺちする。

 笑う俺とパメラ。


「なるほどねえ、参考になるねえ……」


 パメラはいちいち頷きながら、ブルストの言葉を記憶しているようだ。

 これからお母さんになる立場だもんな。


 マドカはと言えば、リゾットを唇で潰してみたり、口の中で舌を使って潰してみたり色々工夫している。

 この、試行錯誤を繰り返す辺り、間違いなく俺の遺伝子だな。


 しかしまあ、マドカの小さい体に入る入る。

 離乳食ってこんなにガツガツ食べられるものだっけ? と疑問を感じてしまった。


「マドカはかなり、育児が易しい赤ちゃんだぜ。カトリナはこの百倍くらい大変だった」


 ブルストが語る育児の真実に、俺もパメラもごくりとつばを飲むのだ。

 あと半年しないうちに、マドカと年子で年下の叔母さんか叔父さんが誕生するのである。


「う、産まれたら手伝ってね」


 真剣な表情でお願いしてくるパメラに、俺もカトリナも強く頷くのであった。

 子育てとは、村全体で行うものである……!!


 結局マドカは、一皿ぶんのリゾットを全て平らげて、そのままげっぷをしてから寝てしまった。

 堂々たるものである。

 満足げな笑みを浮かべているではないか。


 どんどん笑うようになってきているマドカだが、彼女にとって、食が解放されたということはとびきり大きな意味を持つであろう。

 生まれた時から食い意地が張っている我が娘なのだ。


 マドカをベッドに転がした後、俺は村の仕事に戻ることにした。


 すると、クロロック・ニーゲル師弟がやって来る。


「おお、今日の肥料は終わりか」


「ええ。後は発酵を待つばかりです。これから、時間差で育てている短粒種の苗を見に行くので、ピアさんを呼ぼうかと」


「勢揃いだな……!」


 今のところ、苗に関する業務はニーゲルには難しすぎるだろうということで、肥溜めに専念させてある。

 発酵の監視などは、一人で任せても大丈夫になってきた。


「ではニーゲル、お願いします。おかしいことがあったら、ワタシに報告して下さい」


「分かったっす、師匠!」


 ニーゲルはビシッと敬礼っぽいことをして、肥溜めの方に戻っていった。

 そうか、あいつ元は兵士だもんな。


 クロロックが水浴びをし、体を清潔にしたところで、ピアを迎えに行く。

 ピアは田んぼで、鳥たちに餌をやっていた。


「美味しく美味しく美味しくおなり~」


 欲望あふれる歌を口ずさみながら、今日もホロロッホー鳥たちを水田に解き放つ。

 虫や雑草は、取っても取っても出現する。

 クロロックの肥料が実に強力なので、雑草も元気になってしまうのだ。


 これを、ホロロッホー鳥軍団が毎日食べる。

 そこに集まる虫も食べる。

 素晴らしいサイクルだ。


 そしてピアは、青々と実りつつあるお米とホロロッホー鳥たちを、今にもよだれを垂らしそうな顔をして眺めていた。

 彼女の歌は、鳥とお米、両方に掛かっているのである。


「ショートさんが作ってたお米の料理に、鳥を一緒に炊き込めば……」


「天才か」


 俺は衝撃を受けた。

 ハッとして振り返るピア。


「ピア。その料理は鶏めしと言ってな……。俺の世界に現実にある、バカウマなご飯料理なのだ」


「ほ、ほ、本当ですか!! ああうおおああう、食べたいぃぃ、うち、食べたいですうう」


 身を捩って欲望を口にするピア。

 そうだなあ。

 ピアならば魔力も少ないし、地球に送り出してもよさそうだなあ。


「今度、うちの村から地球見学チームを作って送り出すのもいいな。多分日帰りだと思うが」


 俺がそんな事を口にすると、クロロックが無言で挙手した。


「どうしたんだクロロック」


「ワタシが行きましょう」


「ええっ!? よりによってうちの村で一番目立つクロロックが!! あ、でも向こうの農業を学んでくる意味ではありなのか」


「ぜひ」


 グッと拳を握るクロロック。

 おお、カエルの人が燃えている。

 凄まじい向上心だ。


「じゃあ今度、うちの妹に引率を頼んでみるわ。ピアとクロロックで田んぼ見学ツアーだな」


「やったー!!」


 バンザイするピアと、無言で熱く燃えるクロロック。

 そういうことになったのだった。



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