第124話 働くおじさん

 肥料制作助手、ニーゲルの勇者村暮らしが始まった。

 このおじさん、子どもの頃に親にひどい目に遭わされて外に飛び出してから、ずっとその日暮らしの労働で生きてきたようである。

 そのため、クロロックのように丁寧に仕事を教えてくれる上司は初めてらしく、目をキラキラさせていた。


 ニーゲルはクロロックの家に下宿することになり、家でもみっちり仕事を教わっているそうである。


 問題が幾つかあったので解決しておく。


「おれ、歯が悪くて固いものが食えなくて」


「歯を磨く習慣が無かったな!? いいか、これからは虫歯など許されん生活に叩き込んでやる! ということでヒロイナ、治してくれ」


「はいはい。うわー、あんた口臭いわねえ……。口の中清潔にしなさいよ。”天なる神よ、傷つき失った者に、あなたの大いなる癒やしを授け給え……リジェネレーション”」


「う、うわー! 歯が! 歯が治った!!」


 これで勇者村の飯は全部食えるな!

 残すことは許さんのだ。


 次に。


「おれ、酒が無いと指が震えるんだ……」


「酒はブルストとパメラとパワースとヒロイナが飲み干したぞ! 次に酒を造れる果実が実るのは半年近く先だ! 良かったな、強制的に断酒だぞ!」


「ひええ……」


 ということで、アル中も解決!


「腰がいつも痛くて……」


「腰回りは癖になるからな。回復魔法かけてもらったところで、毎朝俺とブルストがやってる体操に参加しろ」


「た……体操……!? 毎朝って……」


「勇者村は早起きなのだ。寝酒もできんから、自然と寝覚めが良くなるぞ!」


 かくして、ニーゲルの生活環境は劇的に改善された。

 燃料が勿体ないので、夜は早く寝て、早く寝るから早く目覚める。


 そうしたら、酒がないので水を飲んでから体操。

 朝飯を食って、クロロックとともに一日肥溜めをかき混ぜ、体を散々使ってから水浴びで一日の垢を落とす。

 そして、腹が減ったところに美味い飯。


 やっぱり酒は無いので、水とか茶を飲む。

 これってあれだな。

 ニーゲルの体の中に溜まっていた悪いものとかが、デトックスされていっているのだな。


 悪かったニーゲルの顔色が、日に日に良くなっていき、腹も減っこんでいき、ひょろひょろだった腕や足に筋肉がついてきた。

 よきかなよきかな。


 今後の勇者村を作っていくには、村人の増員が避けられない。

 その時に、やたらと自己主張ばかり強くて仕事しないようなのが入ってくると邪魔なのだ。

 黙々と割り当てられた仕事をやれて、それで性格がいいのがいい。


 ということで、一見すると問題ありそうなニーゲルを選び、勇者村の総力で生活改善をしたわけである。

 何せ、仕事がクロロックとの二人きりなのでサボる余裕などない。

 そしてニーゲルの腕前が上がると、クロロックが新たな技術と知識を教え込んでくる。


 さらに、我が勇者村では、肥溜め担当に対するリスペクトが高い。

 全ての稲作と畑作の生命線こそが、肥溜めによる肥料づくりであり、さらに肥溜め担当は各家を回って、出したものを回収するという重要な役割を負っているのだ。


 自然と、ニーゲルは村のみんなに認知されていった。

 もともと腰が低いというか、卑屈な感じの男だったのだが、人柄のいい勇者村の人々を接しているうちに性格が丸くなっていったようだ。


 久々に見に行くと、堂に入った仕草で真剣に肥溜めをかき混ぜていた。


「やってるな!」


「へい、ショートさん! どうにか、クロロック師匠から半人前だと認められまして」


「クロロックが半人前認定をしたか……! 凄いな……。ハナメデル皇子は最後まで半人前になることすらできなかったのだ」


「へえ……! あの、頭のいい皇子様がですかい」


 驚くニーゲル。

 これに対して、クロロックがクロクローと喉を鳴らした。


「頭が良く、色々な事を考えられる方でしたし、器用な方でもありました。だからこそ一つの事を極められなかったのです」


 深い。

 なまじ能力があるから、一見して非効率に思えることを愚直にできなかった、ということらしい。

 改善案とか、画期的な方法みたいなのを思いついてクロロックに進言していたようだ。


「おおよそ全ての改善案や画期的と思われる方法は、全て試行された後に切り捨てられたものです。それらは全て、数百年前に農学が通過した場所なのですよ」


「おお、厳しい!!」


 こと、農学において、賢者ブレインすらも追随できず、農学の魔本ですら道を譲る男、クロロック。

 後にあちこちの国で耳にしたのだが、両棲種の農学者クロロックは、若くして農学を極め、世にある全ての農学の文献を体現したそうである。

 学問からはもはや学ぶものなしと、実学のためにクロロックは旅立った。


 そしてうちの村に来て、肥料をかき混ぜている。

 肥料だけではない。

 田畑の作りや、育て方、用水路の生態系のコントロールもカエルの人が管理しているのだ。


 まさに、我が勇者村の心臓とも言える男である。


「ゼロからこういった環境を作り上げられるというのは、素晴らしい体験ですよ。特に、ワタシの希望を叶えてくれるショートさんというパートナーがいるからこそ、ここはワタシの研究環境として最高の場所なのです」


 クロロックは、クロクローと鳴いた。

 あれは笑っているのだ。


「これからも頼むぜクロロック! で、ニーゲルはそんなにできがいいのか」


「要領は悪いですね。ですが、だからこそきちんと段取りを踏んで、正確に物事をこなします。余計な知識が無いのもよろしい。肥溜め管理のみに注力していますから、今では基本作業は彼に任せておけば問題ないレベルにまで達していますよ」


「そこまでか! 凄いな、頑張ったなニーゲル」


「えへへへへ、この村に来てから、よく褒められるんでやる気になりまさあ。国じゃあ一回も褒められなかったんで……」


 ニーゲルもモチベーションが高いようである。

 労働者の生活環境を良くし、モチベーションを高めれば、元の環境では結果を出せなかったニーゲルでも一流の職人になる。

 素晴らしいデータが取れた。


「これは、勇者村拡張計画が一歩進んだぞ……!」

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