第123話 勇者村に来たいおじさん
勇者村の新規入植者……つまり労働力確保のため、俺は全国にキャンペーンを貼ったのである。
有能で完成された人材を求めてもいいのだが、それはもう間に合っている。
これ以上考える頭が増えても、船頭多くして船山に登る、というやつだ。
ということで!
「働ける人を探しているのだ」
「なるほど……」
手前村の村長が頷いた。
「勇者様の村で働きたいという者は多いでしょうね。ですが、みんなそこに、理想郷みたいなイメージを持ってるんじゃないかと思うんですが」
「確かに。そういう人はいらないな。泥臭い仕事とか、主に肥溜めをかき混ぜる助手とかがメインになるから」
「ははあ、肥溜め……!! うちの村でも、肥料は専門のものに任せてますなあ。若い者はもう、肥料が肥からできてると知らんものもいます」
「時代だな」
「時代ですなあ」
俺と村長で、おじさんっぽい話をするのである。
だが、俺はまだ二十代半ばになったばかりだ。
アラサーにもなってないぞ。
「じゃあ、手前村にはいないか」
「残念ながら。みんな夢を見る時代になってきております」
「そうかあー。夢のない労働要員だもんな、今回の募集」
仕方ないので、別の国に行くことにした。
砂漠の王国。
アブカリフに聞いてみると、
「俺はあまり詳しくないからな。学者を呼び寄せよう」
そういうことになった。
そして、学者曰く、砂漠の王国では肥は一瞬で乾燥してしまうため、臭いを発さないのだという。
それ故に、砂漠の民が肥溜め管理の仕事につくのは難しかろう、と言う話になった。
ままならんなあ……。
ホホエミ王国、セントラル帝国も同様だった。
むしろこの両国は、今まさに国を建て直している最中。
この状況で国を離れる人間は信用できんな。
最後に、グンジツヨイ帝国にやって来た。
「おお、ショート! 久しいな!」
「久々だな皇帝!」
グンジツヨイ皇帝とハイタッチして再会を喜び合う。
「移民を探していると聞いたぞ。お前の村はかなり大きくなってきたようだな。どうだ、うちの兵士でも屈強なのを連れて行っては」
「有能なのは間に合ってるんだ。それに、有能なやつに単純作業させるのは色々損失だろ?」
「ほう、変わったことを言う。単純作業ができる者を求めているということか……」
ふーむ、と皇帝はあごひげを撫でた。
「おお、ならば、労働者街に行ってみてはどうだ。あそこには様々な者が集まっている。ショートの望む人材も必ずおるであろうよ」
「なるほど! サンキュー!」
かくして俺は、グンジツヨイ帝国の労働者街に向かった。
ここでは、様々な単純労働……つまりは日雇労働なわけだが、それに従事する人々が暮らしている。
家を持っているものは少なく、安い素泊りの宿で寝起きし、その日暮らしをしているのだ。
こういう単純労働は、実は社会を維持するためには絶対に必要なものである。
側溝の掃除だとか、荷運びだとか、害獣退治だとか。
どれもが放置していれば、日常生活を送るためのコストを跳ね上げる事ばかり。
誰かが対処せねばならん。
俺は労働者街をキョロキョロしながら、ぶらぶら歩いた。
どうやら俺の顔はここでも売れているらしく、わいわいと人が集まってきた。
「勇者様じゃねえか!」
「こんなとこまでよく来たなあ!」
「俺、勇者様こんな近くで初めて見たよ……」
おっさんとじいちゃんばっかりだな!
手や足が無かったり、片目が無かったりとか色々だ。
魔王大戦に従事して戦ったけど、戻ってきたら社会には居場所が無かった的なのもいるんだろう。
「実はな、俺は今、村を作ってるんだが、そこで仕事をするやつを探しに来たんだ」
俺が話すと、おおーっとどよめきが上がった。
みんな興味津々の顔になる。
「だが、貨幣……つまり金がないところだ。そして労働の内容とは、肥溜めの管理助手だ」
「肥溜め……!?」
みんな目を丸くして、それからしょんぼりした。
「金も無いんじゃなあ……」
「娯楽とか無さそう」
うーむ、ここでもダメか。
文明化された大きな国で探すのは難しいかもな。
だが、その中で一人だけ手を挙げるやつがいた。
ひょろっとして腹ばかり出ている、顔色の悪いおっさんだ。
「お、お、おれ、おれが行きたい」
一同はこのおっさんに注目するが、誰もが鼻を鳴らしたり、舌打ちをしたりした。
なんだなんだ。
「どうしたみんな。あのおっさんが嫌いなのか?」
「いやね。勇者様。あいつはやめといた方がいいですよ」
「そうだそうだ。兵士として召集されたのに、戦場でブルってずっと死んだふりして、挙げ句は逃げ出した奴ですよ」
「絶対仕事からも逃げる。誰も相手にしてません」
「ほうほう」
みんなの言葉を聞き、顔色の悪いおっさんはしょんぼりした。
「逃げたのか」
「うう……。こ、怖くて怖くて堪らなくて……。その、国にもなんか、別に守るものとか無かったので……」
「ふむふむ」
みんなはこのおっさんを軽蔑しているようだが、俺はこのおっさんには逃げ出した理由があるのではないかと思った。
守るものが無かったというのは重要である。
そうなれば、いちばん大事なものは何か。自分の命である。
兵士であっても、その国を構成する人間の一人であり、守る対象が自分の命なら、それを守りきったことで国の一部を守ったと言える……ような気がする。
それに、明らかに割の悪そうな勇者村の募集に挙手した。
「よし、じゃああんたの意気を買おう。ついてこい」
「は、はい!」
顔色の悪いおっさんは、明るい表情になった。
労働者たちが、マジか、という顔をする。
「だって誰も肥溜めをかき混ぜに来ないからな。やりたいという男がいるなら、採用するのは当然だろう」
俺の言葉に、みんなバツが悪そうな顔をする。
顔色の悪いおっさん、居場所が無かったんだろう。
勇者村に来るがいい。
労働は厳しいが、やることだけは山ほどあるぞ。
あと、戦場よりは命の危険がない。
「あんた、名前は?」
「お、おれはニーゲルって言う!」
「そのまんまだな。よし、ついてこいニーゲル。今日から仕事をしてもらうぞ!」
「は、はい!」
かくして、俺はニーゲルを連れ帰った。
そして、彼の上司となる男に紹介する。
「クロロック! 肥溜め管理の助手を連れてきたぞ。ビシバシ鍛えてくれ」
カエルの人、クロロックが振り返り、クロクローと喉を鳴らした。
「か、カエルの人!!」
驚くニーゲル。
「クロロックです。よろしくお願いします。肥溜めは全ての畑作の基本。農作物は肥料なくしては育ちません……。我々が、村の命運を一手に握っています。ともに頑張りましょう」
クロロックは、スッと水かきと吸盤のついた手を差し出すのだ。
握り返したニーゲルが、何か決意した顔で頷く。
「あの……手がペトっとしてるっすね……!」
かくして、新たな労働力が勇者村に加わる。
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